2014年2月 アーカイブ

2014年2月28日 22時56分51秒 (Fri)

◆人並みに!

◆人並みに!球春到来!
本番に向け、チェックと仕上げの時期を迎えた。
一生に一度の中学野球(少年の部)だから、プロセスを大切にしっかり準備し、後悔だけはしたくない。
今年の合言葉は『全力』。
「全力」は当たり前だが、全力を継続するには「力」がいる。

選手に「頑張れ」という限りは、自分も責任を持って頑張る。
選手に「全力ですか」と尋ねる前に、自分の担当の仕事は全力であたる。
「全力」と「手抜き」のあいだに「人並み」があると思っていた。
全力>人並み>手抜き。
個人の真剣度の尺度で観れば「まあまあ、50%~75%的」な、緩みと甘えを連想させるが、多くの心を揃える言語の解釈もあり、「人の心を並べる」「人を並べる」「人並み」となる。
選手が「人並み」程度の覚悟で臨んでいるようでは、進化と変化は見えてきません。
スタッフは、選手が「人並み」程度の心構えでは、面白くありません。
スタッフが、「人並み」程度の情熱では、心が通いません。

しかし、育成会は「人並み」が最良です。

「人並みな基準」(人と協調する心)を揃える事が大切です。
「人並み」=「温度」=「温かい」。
「人並み」=「調和」=「心強い」。
「人並み」=「気遣い」=「優しい」。

ロビンズに関わる人たちは、それぞれに多忙です。
仕事、冠婚葬祭、家庭環境、個人の健康状態などあり、感情・傾注度・距離感・・・様々な立ち位置があります。

支える側には
温度差なく、嫉妬せず、
愚痴らず、あきらめず、
楽しく、支え合い、選手の日々の頑張りとチームの成長を相互に感受できるかが大切です。

身体にたとえて、
選手は「心臓」。
スタッフは「脳」。
育成会は「血液」。
人並みな健康体が活動の支えです。
それを維持するのに「力」が必要です。

人心を並べましょう。
高徳を並べましょう。
合言葉…!「全ては子供達のために…!」。


2014年2月27日 20時15分08秒 (Thu)

◆不易流行

◆不易流行先週から、30年前に頂いた本を読み返している。
題名は「モード屋の目」「モード屋の耳」「モード屋の口」。
著者は中村乃武夫先生。今年90歳を迎えられる服飾デザイナー。
1960年、日本人デザイナーとしてはじめてパリでショーを開催。
1964年パリに対抗して森英恵らと東京コレクショングループを結成され、同年より美智子妃(現皇后)のデザイナーもつとめ、近年、秋篠宮紀子様のローブデコルテをデザインされた事は有名。
服飾界の重鎮である。
今は、リタイヤされ趣味の絵画・写真・俳句で精力的な個展を開催されている。

その三部作はデザインの秘密を伺わせる「目」。
人にまつわる、ちょっといい話や交友録、聞き覚えを綴った「耳」。
味、酒からおしゃべりを収めた「口」。
江戸っ子の切り口で斬る、間口が広く、奥行きの深い話ばかり。
昭和を飾った有名人も数多く登場する。
今、読み返してみると、30年前に読んだ記憶さえ飛んでいる始末。
20代半ばの、鼻たれの私にはさぞかし窮屈で手前勝手な内容に感じていたのかもしれない。
つくづく読み返して、日本が凝縮されている。
本は、いつ、どのようなタイミングで出逢うかで、感動が違い価値も変動する。
人生経験と読解力・・・、50歳を越え、ようやく解ることも多いもの。

先生との20年にも渡る仕事の中で、デザイナー(氏は服飾、私はテキスタイル)としての心得を「不易流行(ふえきりゅうこう)」と言う言葉で度々教わった。
『不易流行とは・・・
いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。
また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。
簡単に言えば、「不易」はいつまでも変わらないこと。「流行」は時代々々に応じて変化すること。となる。
さらに、松尾芭蕉が提唱した俳諧理念・哲学の一つ。
「不易」は永遠に変わらない、伝統や芸術の精神。
「流行」は新しみを求めて時代とともに変化するもの。
相反するようにみえる流行と不易も、ともに風雅に根ざす根源は実は同じであるとする考え。』
・・・またまた、理解困難だが、まだ解りやすい。

絵画・俳句・書・古典芸能に精通し、モードという「新しい形」に挑戦し続けた先生の本質は風雅で心から日本を大切にしている事。
新しく変化するもの(こと)には、大きくアンテナを張る。
そうした日々の心がけが、氏が誰からも尊ばれた由縁なのだろう。

担当となって間もなくに、代々木上原にある先生のショールームにお伺いし打合せ中に、突然、三宅一生氏が訪ねてこられ、いろいろ相談と質問をされていた。
中村先生を師と仰ぎ、慕う三宅氏は隣のビルにイッセーミヤケ・オフィスを置かれていたのだった。
直立不動の私に、「ごめんなさいね」と声をかけて頂いたその美声とチャーミングな笑顔は素敵だった。
師弟関係で垣間見た、先輩の助言で「不易」を確認し、「流行」で自分の感性を表現する。
90歳になられる先生と76歳の三宅先生は、まさしく「不易」を宿した風雅人。
「不易流行」の精神を繋ぐ姿こそ、今の時代の我々には「大切」なのだ。

2014年2月23日 8時54分47秒 (Sun)

◆ひとつになる。

◆ひとつになる。昨晩は盛大な決起大会を育成会主催で開催頂きました。
ご挨拶させていただいた内容を少し・・・。

この決起大会は、選手の覚悟を再確認することだけではなく、チームで「一つの大きな輪」を作りあげる決意を結ぶことに大きな目的があると思います。
目標、思い、価値、覚悟、共感などを、それぞれ「選手」「育成会」「スタッフ」で作る三つの輪を「一つの大きな輪」で包む形が築けることを願います。

輪といえば「五輪」2週間に渡り熱戦を繰り広げ、数々の名勝負を繰り広げたソチ五輪では沢山の感動があり勉強材料がありました。

冬の競技ほど「転ぶ」と終わってしまうという、残酷な競技が多いものは無い。
野球であれば、一つのミスを挽回できる機会があり、助けてくれるチームメイトがいる
そして、再認識したことを一つだけ、ご案内します。
勝負には「絶対」は無いということです。
ジャンプ女子の高梨沙羅、スノボハーフパイプのショーン・ホワイト選手、女子フィギアのキムヨナ選手など、よっぽどの事が無ければ99%金メダルが取れると予想はされていた、絶対王者が敗れた。
眼に見えない魔物に負けたにしろ、逆に言えば、誰にでもチャンスはあるということ。
それをどう導けるかが大切。

全日本少年の予選開幕が4月5日と決まった。
「もう40日しか無い」と思うか、「まだ40日有る」と思うかで取り組む内容も変わりますが、
判っているのは、どのチームも40日後に試合をするといことです。
今から出来る事、・・・急に足は速くならない。
急に飛距離が・・・伸びる訳でもない。
ただ、確実にできる事は心の成長です。
試合を想定しての「心構え 」を十分に磨けます。
すでに、試合前の準備に入っています。
しっかりと研ぎすませてほしいと思います。
予選の試合の中でも、魔物がいる。
魔物を味方につけれるぐらいの気迫と勇気を期待します。

そして、選手を囲む育成会の皆さんとスタッフ・関係者は
「共感心」を共有してチームを一つの輪で結びたい。

この節目となる5期生が、ロビンズに新たな伝説(レジエンド)を創る予感がします。
期待します。


2014年2月21日 22時35分44秒 (Fri)

◆彼女の強さに泣けた。

◆彼女の強さに泣けた。 一緒に泣いた。
ラフマニノフ作曲の『ピアノ協奏曲第2番』を演じきり、堂々と胸をそらした。
浅田真央選手の五輪は終わった。
フィニッシュの瞬間、自然と熱いものがこみあげ、目を真っ赤に腫らし嗚咽した銀盤のヒロインに大歓声と拍手の嵐。
無数の花束がスタンドから投げ込まれる。
私の横で愚妻が泣いている。
「よく頑張った・・・ね・・・。」
最後は複雑な表情から天真爛漫な“真央スマイル”が広がった。
結果は6位。
 思えば「天才少女」と騒がれ、出れば金メダル確実といわれた2006年のトリノ五輪は、年齢制限に87日足りず出場できず、10年バンクーバー五輪は回転の不調で銀に甘んじた。巡り合わせとはいえ五輪とは相性が悪い「悲劇のヒロイン」でもあった。
 前日のSPは「五輪」と言う響きがトラウマになっていたのかもしれない。
彼女は言った。
 「きのう悔しい思いをして、心配してくれた人がたくさんいた。最高の演技をして、恩返しすることができた」と。
一夜で“劇的”な復活を遂げた。自らをコントロールし、魔物を駆逐したのだ。
 最後に「いまは悔しさとやりきった気持ちがある。これから『よかった』と気持ちが、強くなっていくと思う」と語った。
 この4年間、ジャンプのスランプや辛い母との別れを乗り越え、真摯(しんし)にフィギュアスケートに向き合った日々は、金メダルにも負けない、すがすがしい“輝き”を放った。
心から、「感動をありがとう!」と伝えたい。
浅田真央のフリー演技は「伝説」になった。
日本のエースとして競技人生を滑り切った彼女に、メダル以上の感動をもらった事を感謝したい。

 前日のSPの失敗の後、頭の中は真っ白だったろう。
それでもテレビが無情にマイクを向けると「明日をどう乗りきるか、自分でもわからない」と懸命に言葉を絞り出した。「今日は勘弁して…」と断っても文句は出なかったろうが、生真面目な浅田はそうしなかった。
そんな気配りが人々に愛される由縁かもしれない。
 それに引き換え、選手への気配りの無さを露呈する観客が多く、彼女の失敗に薄ら笑いと拍手までする映像があった。
採点演技種目は相手の失敗を「期待する」悪魔的な視線(呪いにも似たもの)は必ずあるが、民度の低さだけで言い切れない人間の本質部分で見え隠れする。
 さらに、東京五輪・PP組織委員会会長の森喜朗元首相は「大事なとき必ず転ぶ」と発言した。
相手に対する“共感力”の欠如をさらけだした。
語学力も無く、バランス感覚も無く、共感力の無い組織委員長は、国際舞台に不適任さをさらしてしまった。
 我々の心の中にも潜む、「悪魔の視線と共感力」は自我と感情に支配される。

関わりのある選手が全力で頑張っている姿ほど、応援する側も、スタッフも嬉しいものはない。
勝利や結果の前に「共感力」で協調できることが一番大切なことなのだ。
「よく頑張った・・・ね・・・。」と。

2014年2月18日 4時45分15秒 (Tue)

◆新星と伝説。

◆新星と伝説。今回のソチ五輪は、二十歳以下の新星たちの世界への戦慄デビューと、大ベテラン達の集大成伝説のエピローグに色分けされる。
羽生結弦に代表される若きメダリストたちは「覇者」となって、責任と重圧が今後の競技生活に大きくのしかかる。
自らがこれからのアスリート伝説を創っていく事になる。
また、ベテランメダリストは「集大成」と位置づけた今大会を、更なる「高見を目指す」ステップにしようとしている。
冒険小説を読み終えた、読後感に浸る「さわやかな達成感」と「続編」を描きたいとする気持ちを自らが起しているのだろう。

新たに背負うもの、今まで背負ってきたものに長さや短さは有るが、その深さは我々凡人の、推測の域を超えている。
すべての、選手にヒストリー【history】(歴史・経歴)があり、競技の結果や成績だけで評価されない、ひた向きなレジェンド「legend」(伝説)もある。
アスリート・葛西紀明をレジェンドの一言でショルダーコピーを付けてマスコミなどが紹介するのは、少々軽々しい。
彼がライバルたちに心の底から、
He’s a legend in his own time. 「彼は生きているうちから伝説的人物になっている。」と賞賛されているのは、競技に対する姿勢や努力、人としての謙虚さやまじめさなどに対し、敬意を評されているのだ。
ずっと、観ている選手だからこそ、そう呼ぶことに重み深みがあるのだ。

そして、喘息・アレルギー体質・虚弱・マルチサポートハウス・震災被災などを、やたら「ハンデ」を並べ立てるマスコミの羽生選手の偉業後の美談のワイドショー的な扱いには若干の違和感を感じる。
皇帝プルシェンコから、天才と呼ばれるその才能は五輪の晴れの舞台で瞬間々に何と闘ったかを深堀する、スポーツジャーナリズムが視聴者(読者)の醍醐味。
逃げ出しそうな心、不安とせめぎあう心…最後は自分の「心」と勝負した。
魔物と闘ったのです。
伝説の始まりなのです。

やたら品性に欠き、ワイドショー的にあおるマスコミが描くストーリーに乗せられないように自分の伝説を自分のスタイルで創っていってほしいと願うのは私だけだろうか?

更に、個人戦での銀メダルは表立っては「涙」を流さなかった葛西選手だが、今朝のジャンプ団体戦・銅メダル獲得で込み上げ溢れた「涙」にこそ、レジェンドに相応しい品性と品格を備えた人間性を感じる。


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