2014年3月 アーカイブ

2014年3月30日 21時10分20秒 (Sun)

◆炎立つ「眼力」。

◆炎立つ「眼力」。「ほむらたつ(焔立つ・炎立つ)」は炎が燃えさかる、または炎のような激しい感情が非常に激しくなることを意味します。
高橋克彦の長編歴史小説「炎立つ」は有名で、NHK大河ドラマにもなりピ~ンとくる方も多いと思います。

平安時代の末期に東北の大地(陸奥)の国、平泉を中心に出羽を含む一帯に勢力を張り、黄金楽土を築こうとした奥州藤原氏が源頼朝によって滅ぼされるまでを描いています。
小説は、戦での殺戮の描写が凄まじく、当時まだ発達していない武器の切れ味の悪さから叩くとか締めるなどの血まみれ・泥まみれ「肉弾戦」が普通であったことが読み取れる。
スマートな「戦(いくさ)」などあり得ない。
魂と肉弾がぶつかり合えば、そこは地獄の修羅場となる。

いざ野球、スマートに勝ちたいなんて思った事は一度も無い。
負けていたら、必死で食らいつき。
勝っていたら、向う10年間顔も見たくないまで完膚なきまで叩きのめしたい。
しかし競技者としての礼節、は平安時代以後鎌倉の武家社会の成り立ちから我々は「武士道」という美学(哲学)で昇華してきた。
ドロドロになって、這ってでも次に繋げたいとの肉弾戦を期待する。

我が軍には、眼から「紅蓮の炎」を上げるくらい、勢いのある選手もいれば、「青い炎」で内側から覚悟をにじみ出させ圧倒する選手もいる。
眼は心を現すといいます。

しかし、アニメ「巨人の星」の星飛雄馬のように、いつも眼から炎を出していては身が持たない。
緊張と緩和・・・この使い分けが肝心。
星飛雄馬を選手として分析すれば、喜怒哀楽が激しく、感受性が豊かで涙もろい。。
極端に自分を責めるストイックな性格。
「常に目標に向かって進む」ことをモットーとしながら、決め球を打たれ本塁打になるたびに絶望する。
基本的に素直で正義感が強く他人を思いやる好青年である。勉学も優秀。
だが、チームを預かる者の視点から観れば、自己中心的でチームより父親を視ている。
野球が「チームプレー」のスポーツであるという最も基本的な考え方が身についていない選手のように見られる。
投手だからそれで良いとは言うものの、全てに行き届く選手の方が良いに決まっている。
飛雄馬の分析からも、今、学ぶ事が多い。

いざ、出陣の時!
眼に力を入れろ!
眼力を心がけることで、捕えられる一球がある!

2014年3月29日 1時59分13秒 (Sat)

◆心で視る「眼力」。

◆心で視る「眼力」。「全ての勝負事は”眼”で決まる」と私は思う。
どこを視ていたか?
視て、何を感じたか?
それを行動に移せたか?

よく「眼のいい選手だ!」と聞くが、アスリートとしての『眼』と戦術家としての「眼」の二つがある。
その力を『眼力(がんりき・がんりょく・めぢから)』と言い、
辞書では
1) 目で物を見る力。視力。
2) 物事の善悪・真偽・成否などを見抜く能力。
のように解説する。

 「眼のいい選手だ」のさらなる高みは、「眼の効く選手」という段階があり、「先見性」と繋がる。
 さて、この選抜大会で2勝挙げた履正社高校が眼力(めぢから)アップのために以前から眼力トレーニングを取り入れているニュースがあった。
任天堂のDSなのだろうか?
DSならば5つの要素から眼力をトレーニングし、鍛えるゲーム。
「動体視力/瞬間視/眼球運動/周辺視野/眼と手の協応動作」から成る。
眼年齢チェックから始まり、「基礎トレーニング」と「スポーツトレーニング」に別れ、野球競技向けには、バッターとなって、ピッチャーが投げるボールをタイミングよくタッチして打ちかえすトレーニングがあり、主に「動体視力」と「眼と手の協応動作」の眼力が鍛えられる。
あくまでも視力を鍛えるものではない。

 昔、TVの中継でミスター長嶋茂雄選手がバッターボックス内でグリップを確認する仕草から、捕手の位置を右目で「チラ見」していたのを記憶している。
天才は、次の準備のために配球コースを覗いていたのである。
顔を残して、眼だけ動く・・・・・。
投手や塁上のランナーには、必然の動作である。
眼に力を注げる、運動神経を注げる選手が頼もしい。

 話は変わり、京都、伏見稲荷大社の稲荷山にお祀りされている眼力社さんをご存知だろうか?
稲荷神が農業の神であるために、五穀豊穰・商売繁盛・交通安全といったご利益があるとされる伏見稲荷大社ですが、『眼力社』さんは、「眼の病が良くなる。先見の明・眼力が授かる」というご利益があると伝わる神さまです。
熱心に眼力社さんへの参拝を続けておられる方々は、本当に不思議なことが起こることを語られている。
それは、稲荷山の参道に奉納された無数の鳥居は祈願成就のお礼の意味で奉納(献上)されたもの。
その心が、新たな魂と成って「心で視る事」を授かるのかもしれません。
感謝を忘れてはいけません。

我が軍選手を「眼・目」の「ことわざで」なぞると・・・・、
こんな感じでしょうか?
『目から鼻へ抜ける選手、
 生き馬の目を抜く選手は
  なかなか見当たらず。
 顔立ちは、
  卵に目鼻の如く
   可愛らしく。
 行動は、二階から目薬。
 弱気からプレーは、
  弱り目に祟り目。
 しかし、一つのきっかけが、
  目から鱗が落ちることとなり、
   目は心の鏡と自覚し、
    一目置かれる選手と成る。
 その成長が、
   鬼の目にも涙を誘う。』

 心で視よう、心で感じよう!
我が軍も「心力」UPのDS導入を考えよう!!

2014年3月24日 6時35分06秒 (Mon)

◆新しい選手との出会い

◆新しい選手との出会い昨日、第7期生を迎えました。
晴れの入団式は晴天。
春めいた風が祝福してくれました。
暖かくなっても、緩められない気持ちはこの時期に起きる。
大切な素材を、育てる責任の重さだ。

私は選手に対して
教えることは・・・・・、
希望を語ること。
学にでもらうことは・・・・・、
誠実を胸に刻むこと。
新たに沢山の選手と出会い、
スタッフも「是、日々成長」。

以前にもご案内した「耕運考」(心耕す事を考える)をご紹介しよう。
新しい種を得て、ロビンズの土壌でみんなで育てる心の統一です。

焦らず耕す。→準備の大切さを知る。
焦らず植える。→希望の種を撒く事を知る。
焦らず話し合う。→愛されていることを知る。
焦らず肥料を与える。→収穫するだけでなく帰還することを知る。
焦らず水をやる。→植物に水と日光と土が必要なように、人間にも生活のバランスが大切だと知る。
焦らず余計な草を取る。→雑草(念)を除かないと育たないことを知る。
焦らず見守る。→我慢することを知る。
焦らず祈る。一生懸命やれば素晴しい収穫があることを知る。
焦らず感謝する。→謙虚な気持ちになることを知る。

9つの心の耕運が全てを嵩めくれると考えます。

2014年3月21日 0時01分01秒 (Fri)

◆今日の「ダメ」の話

◆今日の「ダメ」の話ある仕入れ先さんの担当青年が、挨拶に訪れてくれた。
「この仕事は自分に向いてない様なので、会社を辞めました」とあっけらか~んの、割り切った感じで。
「リセットして、来月から仕事探します・・・・・。」と。
いつも朗らかで、挨拶はしっかりできる青年だった。
「短い間だったけど、有難う」と肩を叩いた。
出逢いと別れの季節。
話したい事は、沢山あった。
激励・教訓・たとえ話・贈る言葉・・・どれも語らなかった。

割り切った彼の物言いは、「無理しているな」と直感したが、「自責」が感じられないところが日頃から見受けられた。
会社が悪い、産業が悪い、不運だから全力になれない、・・・そんな事が多く聞こえていた。
「他責」のスタンスなのである。
自分に向いてるとか向いてないとか、そんなの何もしない人間のいいわけだろと言いたいところも有る。

向いていない、と言えば、何でもゆるされる・・・、みたいに思っていたら、ゲーム感覚のリセットが簡単にできる気がする。
良いか悪いか判らないが、リセットという、「消点」を持っているのも、これまた凄い。

しかし、決断の後に得をしているのか、損をしているのか、それは、今は分からない。
損得で走る事ばかりが、人生でもないことは、この歳になって解る事も有る。

あとで、向いていることが分かるかもしれないし…

私は決断を迫られる時や行き詰まったとき、自分に必ず言い聞かせる文句がある。
「もうダメなのではない、まだダメなのだ!」
「まだまだ、ダメなのだ!」と。

その言葉もかけずに、彼の背を見送った。
静かに「頑張れ」とつぶやいた。

ロビンズの選手にはここまで追いつめた選手はいないと思うが、とことん自分を追い込んで活動している選手がいる。
自責で苦しんでいるのなら、「深呼吸をしなさい」と言い、他責にしないと苦しみから解かれないのなら、「呼吸をしていることを自覚しなさい」と伝えたい。

2014年3月20日 8時03分22秒 (Thu)

◆松村謙三氏に習う。

◆松村謙三氏に習う。私には8歳違う兄が一人いる。
昨年の今頃、「永いだお世話になった役所を無事退官させて頂き、皆さんのおかげ、感謝します・・・・・」と言っていた。

7歳の時に親父を亡くして以来、8つ違う兄は事有る毎に「父親替わり」を務めていてくれた事に感謝する。
8歳も違えば大きな喧嘩はしなかった。
昨年の退官後から、老いた母親の面倒を看てくれている。
また、男児の孫も出来て、楽しみの多い春になる事だろう。
優しい「ひと」になってきたことを、後ろ姿で感じる。
今、漢詩探求とランニングを趣味に、人生の深堀をしているのだろう。

その兄が大事にしていた言葉として、退官時に教えてくれたものが、
『爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺』
『なんじの俸(ほう)、なんじの禄(ろく)は、
民(たみ)の膏(こう)、民(たみ)の脂(し)なり。
下民(かみん)は虐げ易(しいたげやす)きも、
上天(じょうてん)は欺き難(あざむきがた)し』
というもの。
郷里が生んだ、大政治家・松村謙三氏が書いて、額として現市庁舎に掲げてあるものらしい。
中国・後蜀時代の君主・猛昶(もうちょう)が作った「戒論辞」24旬96字の中にあるうちの4旬16字だそうだ。
(富山県庁前にも石碑あり)
その意味は
「お前(武士)の俸禄は人々の汗とあぶらの結晶だ。
人々のご苦労に感謝し、いたわらねばならない。
この気持ちを忘れて弱い人々を虐げたりすると、きっと天罰が下る」
というものです。

行政に携わる者の規範となる言葉であるが、企業活動、全てのコミュニティー活動やボランティア活動で根幹となるものである。

「ひと」としてのコンプライアンスといえよう。

同郷の大先輩に「なにをやっとるがや!!」と叱責されないように、務めたいと思う。

松村謙三氏はご存知の方も多い事と思う。
旧制高岡中学(現・高岡高校)から早稲田大学、報知新聞記者から、衆議院議員となる。
その謙虚さ・潔白さ・意志の強さを今の政治家は「鏡」として崇拝する者も多く、特に農林大臣だった頃「農地解放」が国策として断行され、大地主だった松村の命をかけて執った行動・覚悟が「ひと」を象徴している。
是非、お調べ下さい。



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