2014年8月 アーカイブ

2014年8月29日 19時25分58秒 (Fri)

◆次に進む為に。

明日から、心切り替えて春に向けてのチャレンジが始まる。

私のそばに、泣いた後に、すぐ笑える人がいる。
家内である。
辛いこと、苦しいこと、哀しいことを長々と引きずらない人である。
立ち位置をわきまえ、その時点で、次の目標が観えている人なのだろう。
忘れていないが、忘れたように整理できたように次の準備にとりかかる。

私は記憶力が本当に優れている者は、忘れる能力にも長けていると思う。
人間の脳が、実際のところどれだけ使われているか、わかりませんが、きっと、なにかの限界はあるんじゃないかと思います。
だから、覚えることばかりが増えて、それをずっと溜め込んでおかなくてはいかない、ということは無理です。

それは、精神的なことから考えても、なんだか、体に良くなさそう…新しく覚えたら、古いことは忘れる。
もしくは、古いことでも、新しい形で覚えなおしたら、以前のことは忘れる。
そんなふうに、うまく忘れていかないと、新しく入ってきたことを新しく考えることは出来ない。
せっかく、新しいこと(挑戦)が入ってきたのに、古いモノサシでそれを理解しようとしたら、きっと無理(衰退)が生じる。

新しいことがしっかり覚えられて、人間の中身として定着していくためには、どんどん忘れていっていいものもあると思う。
負けたこと、
苦しかったこと、
悲しかったこと、
悔しかったこと、
残念なこと、
恥ずかしかったこと、

次に進むためには、忘れてもかまわないものをいかに整理できるかで、成長のスペースが確保されるのだと思えば、ちょっと楽になる。
現場は「食育・餃子の会」から始まる、挑戦の歩み・・・、始めよう!
空いたスペースに「餃子」と「闘志」を詰め込んで走り出せ!

「全てのこと、全てのものは、破壊と創成の繰り返し」
次に進む為に、「美学」の先生が良くおっしゃっていたのを、思い出した。

2014年8月26日 19時10分43秒 (Tue)

◆応援ありがとう。

8月24日、ロビンズ6期生を中心とした新チームは大津市軟野連主催の予選に臨んだ。
そこにはロビンズ5期生の先輩達の「ユニフォーム」着用での熱烈応援があった。
なかなか出来る事ではない。
照れくささがあり、ユニフォームを着ての先輩達がリードする応援は、なかなか観られないものである。
そしてそれは、清々しく心強いものであった。
「受けた応援は、熱い応援で返す」。
その恩返しの心と照れながらでも心を込めた、力一杯の声援に「良い背中を見せてくれている」と熱くなりました。

どの時代でも、どのカテゴリーでもいろんな先輩がいる。
甲子園の後輩との美談で尊敬すべき先輩がいると思えば、夢を語れば一流だけれど、現実の努力と人間性は三流以下いう先輩は信用できない。

いっしょに働いたり、スポーツやサークル活動の練習をしていたりすると、目標に向かってどんなふうに努力するか、という姿が様々と見られる。
先輩というのは、いい意味でも、悪い意味でも、ホントにありがたい存在だが、立派なことを言うクセして、いざ働いたり、練習する時になると、後輩に難癖つけるくらいしか出来ない人がいたりする。
そんな暇があったら、自分を成長させたらどうかと思うのですが、どうもそちらには向き直れない。

唯一、そちらに向き直る振りをするのが、さらに上の先輩が来ている時とか、上司とか先生が見ている時くらい。
あとは、後輩をいじり・いじめるばかり。

そんな人が存在する環境においてでも、自分を成長させることに集中できた人は、どんどん成長していきます。
一方、そんな先輩をうらめしく思いながら、少しでも手を抜くチャンスを探していた人は、後になればだいたい、その先輩と同じように、後輩いじり・いじめをする時間だけが楽しくなる。
ちゃんと伝承される訳けです。

夢を語るだけの存在になるか、夢をちゃんと実現する存在になるか。
それは、どんなものであれ、与えられた環境の中で「何が大切で」「何が出来るか」を絶えず心掛けている事で左右されるようです。

応援で点は取れなかったが、大きな支えとなっていた事は間違いない。
有難う!背筋の伸びた背中を見せてくれて・・・・・。
これからも、背中で語れる選手になってほしいと願う。
後輩に伝承された、応援の魂を大切にしていきたい。
みんな、その姿を眼に焼き付けていた。
応援ありがとう。

2014年8月25日 22時25分20秒 (Mon)

◆泣ける歌、「若い力」。

私には、泣けてしまう歌が3つある。

一つは「栄冠は君に輝く」高校野球選手権大会の大会歌である。
今まさに、涙腺が麻痺を起しそうです。
毎年、8月8日前後に開催される開会式には約十年前まで15年連続で観戦し「命の洗濯」をしていた。
ある年は家内や息子・娘と、ある年は田舎のお袋と姉と、またある年は兄と甥。
内野席から入場行進を眺め、田舎者丸出し「よくぞ勝ち上がってきたな・・・」とどこの代表に向けても、応援し嗚咽をまくっていたものです。
今でもこの感動は、曲を聴いただけで全身を包みます。

二つ目は、アンジェラ・アキの「手紙  ~拝啓 十五の君へ~」です。
いつ、どこで聞いても必ず泣いてしまいます。
歌詞を思い出した、今まさに、泣けてきます。
特に涙が堰を切ってしまうのが、二題目の
『・・・人生の全てに意味があるから 恐れずにあなたの夢を育てて
lalala,lalala,・・・・・・・
Keep on believing ・・・・・・

負けそうで 泣きそうで 消えてしまいそうな僕は
 誰の言葉を信じ歩けばいいの?
ああ 負けないで 泣かないで 消えてしまいそうな時は
 自分の声を信じ歩けばいいの
いつの時代も悲しみを避けては通れないけれど
 笑顔を見せて 今を生きていこう
  今を生きていこう・・・』です。

本当に中学2・3年生の頃、迷いながら、強がって生きていたが、実は弱い自分をそのまま誰かに言ってほしかった言葉、言ってあげたかった言葉がそこにある。
かけがえの無い友人・恩師との出逢いと別れ、家族の温もりなど一番甘受できた時代だからこそ、泣けてしまうのかもしれません。
今の子供達も、その魂(感受)はしっかりと持っていると思います。

三つ目は、「若い力」と言う歌です。
私ぐらいの歳の方は、なんとか知っていると思います。
国民体育大会の大会歌として制作され、昭和22年の第2回国民体育大会(石川県)のでお披露目された。
全国の学校で運動会のBGMに使用され、運動会で良く歌わされた。
今思うと、戦中の軍歌に似た所がある。
嫌な感じもするが、良く口ずさんだものでした。

何故か野球の負け試合の後、スローなリズムで脳裏で口ずさんでいた。
特に最後の歌詞の部分「情け身にしむ熱こそ命・・・」なんて言うのは、倭言葉(やまとことば)の典型となる美意識を感じさせ、七五調の語呂の響きは『古今集』の小野小町が詠む「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」の、和歌の意味と全く共通項はないが『情け身にしむ 熱こそ命』に重なるのは何とも、いい歌詞・七五調の耳障りですね。

1.若い力と感激に燃えよ若人胸を張れ
   歓喜あふれるユニホーム
    肩にひとひら花が散る
  花も輝け希望に満ちて、競え青春 強きもの

2.薫る英気と純情に瞳明るいスポーツマン
   僕の喜び君のもの
    上がる凱歌に虹がたつ
  情け身にしむ熱こそ命、競え青春 強きも

昨日、春を落とした選手に『若い力』を贈りたい!
頑張ろう!、と。

2014年8月24日 21時40分10秒 (Sun)

◆当たり前の覚悟。

今日、大津ロビンズの春季全日本大津予選の敗戦で今期の軟式野球連盟主催の全大会を終了した。
同じ、今日8月24日甲子園では敦賀気比と大阪桐蔭の第96回選手権大会の準決勝が行われ、好投手を擁する両チームでありながら「殴り合い」の打撃戦が展開されていた。

昨日(23日)、敦賀気比の地元「福井新聞」にこんな記事があった。

敦賀気比の準々決勝までの戦績は、4試合連続2桁安打、大会史上3度目の3試合連続2桁安打・2桁得点、2度の先発全員安打。
第96回全国高校野球選手権で、福井県代表の敦賀気比の打線が、夏の銀傘に快音を響かせている。
浅井主将は「チームに勢いがあるし、誰かが打つと止まらなくなる」と破壊力抜群の打線に胸を張る。

「春先になって、目を見張るほど打球が速くなった」と東監督が話すように、冬場の振り込みが実を結んでいる。
連日の1000スイング、徹底的に行うティー打撃や素振り…。
手の皮がめくれ、マメだらけになってもバットを振った。
走者二塁を想定したフリー打撃で、与えられた球数は一人たったの3球。
一本で本塁へ走者をかえす「打」と、一本で本塁までかえる「足」を鍛え、一球への集中力を高めた。
この鍛錬が、福井県大会を勝ち上がり、甲子園でも、一気にビッグイニングを生み出す爆発力につながっている。
2桁安打は県大会初戦から、甲子園準々決勝まで連続9試合に伸びた。

犠打を絡めた堅実な攻撃も大きな得点源だ。
「一つのミスが命取りになる。1点でも多く得点しないと勝てない」(浅井主将)と、積み重ねた犠打練習も欠かさなかった。
準々決勝の八戸学院光星戦は5犠打を記録。
4点リードの五回無死1塁の場面で、3点本塁打、左前打と当たっている5番峯にでさえ、サインは犠打。
これを確実に決めて得点圏に進め、この回計3点を挙げた。
甲子園4試合で62安打49得点。硬軟自在の攻撃は、屈指の好投手でも、もう止められない。

試合は、大阪桐蔭に打ち負けた結果となったが、桐蔭から破壊的な得点を奪った彼らの「仕留める、一振り」一本で本塁へ走者をかえす「打」と、一本で本塁までかえる「足」を鍛え、練習で高めた一球への集中力は見事だった。
我らロビンズが目指す野球には守備力からの点を与えない試合運びが、無論基本である。
打線は水ものと言えども、好投手を打ち破る「必殺打」と「隙のない足」「スランプの無い脚」「嫌がらせる脚」を試合で発揮できる取り組みが春への課題となる。

それには、敦賀気比の選手ように、自主メニューの中で、連日の1,000スイング、手の皮がめくれ、マメだらけになってもバットを振ることが、「野球選手なら当たり前!」と言えるくらいに取り組んでもらいたい。
一日1,000スイング×365日。365,000スイングする選手と年間30,000スイング程度の量では、結果も「当たり前」のように違う!
「隙を狙う、神経」も日頃の訓練でしか育めない。
ポッカ~ンと漂う、琵琶湖の藻の様ではアカンのです。
「気付く」ことの訓練で猛禽類の様な「眼」を持ってほしい。
全ては自らの、努力と向上心で掴むしかないのだ。

2014年8月20日 1時06分31秒 (Wed)

◆罰(ばち)が当たるぞ!

お盆開けに、哀しいニュースが入った。
東日本大震災の津波で町長ら40人の職員が犠牲になった岩手県大槌町役場の旧庁舎前で、献花台に置かれていた賽銭箱が持ち去られたとのこと。
箱は1年前に秋田より寄贈され、賽銭は献花台の維持管理費に充てられている。
6月以降2回、盗難事件があり、壊された箱を修理して7月に再び設置していた。
訪れた町内外の人たちから、1日平均5千円ほどの賽銭が寄せられていたという。

犯人のおかした、人々の慈悲に対する愚かな行為は許されない。
その「罰当たりな行為」は、人間が最も恥ずべき行為で、神や仏の前でも人目が無ければ犯してしまう愚行。
人間のクズである。

また、管理する男性は、「五城目の大工さんが善意で作って下さった箱で、 お金が取られるよりもずっと悔しい。再設置するかどうかは、(遺族や仏教会で構成する)『献花台を見守る会』の皆で話し合って決めたい」と、話していたが・・・。
???そのコメント・・・、なんか違和感を感じます。
いやいや、善意は外の箱も、箱の中の金も同じでしょう???
それよりも箱を置いた、貴方の管理責任はどこへ行ったのですか?
2度も3度も?
お金を集めるのなら、最後の運用まで責任はあるでしょう。・・・と申し上げたい。
管理する男性らは、「善し」として行った事が、「仇」になってはいけないのです。

さらに、そもそも献花台の中心に「賽銭箱」? それも、旧庁舎前。
何か、このロケーションに様々な物を整理できていない雑居感と不調和とを感じるのは私だけでしょうか?

広辞苑によると、賽銭(さいせん)とは、祈願成就のお礼として神や仏に奉納する金銭のことで、もともとは金銭ではなく幣帛・米などを供えたものである。
賽は「神から福を受けたのに感謝して祭る」の意味を持つので、「感謝して祭る銭」となる訳である。
鎮魂とか、慰霊にはどうしても合わないと感じてしまう。
お寺では、通常「香油錢」と呼ばれ、線香、蝋燭代という位置づけで堂内に箱が置かれている。
また、実際に線香、蝋燭、紙銭などを受け取る代価として支払うこともある。

さて、地蔵盆を迎え、秋を感じる時期となった。
お地蔵様はそもそも仏教に属する地蔵菩薩。
地蔵菩薩は人間界だけでなく地獄・飢饉・修羅・畜生・天といった六道すべてに赴き、人々を救済したとされています。
地獄の鬼から子どもを救う守護神として民間で愛され、信仰されるようになった。
私の田舎では「地蔵さん祭り(ずぞはんまつり)」と呼ばれ伝わり、地蔵菩薩の縁日である(旧暦7月)、新暦8月24日前日の宵縁日を中心とした3日の間で日を選んで開催していた。
私の小さい頃は町内にいる高校生が子供のための祭りとしてお世話をしていた。
1週間前の行灯作りから始まり、小屋立て~お坊さんの接待~写生大会掲示~イベント(宝探し・お化け屋敷・笊たたき)など、沢山の仕事をこなした。
行事の間は公民館に泊まり、受験勉強も放棄し、ビールや日本酒を覚え、先輩達から伝えられる話などで、大人としての責任感も覚える。
「地蔵さん祭り」の最中は「お供え」と称して、置かれる小銭や運営のお金はしっかり管理されていた。
「罰が当たるぞ~!」との、小さい頃に聞いた大人達の戒めの言葉は「怖かった」。大人達でも制御できない「神仏」の呪が滲み出ていた。
昭和40年あたりは・・・・・、いい時代だったなぁ~。
今、移り住んだ近所にある、お地蔵様に毎朝「ペコリ」頭を下げてしまう癖だけは、身に付いてしまったようである。
「罰が当たらないように・・・」(拝)

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