2015年7月 アーカイブ

2015年7月31日 22時00分45秒 (Fri)

◆聖地・国立競技場

◆聖地・国立競技場「政恥」か「聖地」か?
新国立競技場建設予算超過2520億・・・これは事件である。
安倍晋三内閣総理大臣、森嘉郎ワールドラグビー招致委員長、河野一郎JSC日本スポーツ振興センター理事長、下村博文文部科学大臣、遠藤利明オリンピック担当大臣、舛添要一東京都知事、そして安藤忠雄新国立競技場デザイン選定委員会委員長と、オリンピックの役者が出揃った。
火付け人の石原慎太郎、猪瀬直樹はすでに自滅した。

誰も知らなかったのに突如、ツメバラを切らされたのは文科省スポーツ青少年局々長久保公人というお役人だ。
多分庶民のあずかり知らぬところで権力を振り回していたのだろう。
安藤忠雄が選んだザハ・ハディドというトルコの叔母さんは、あまりに迫力があり過ぎてついていき難かった。
アンビルドの女王とよばれ、予算オーバーの常習犯だといのだから乗っかったデザイン選定委員会のお歴々の方にも隙があった。
最終選考に残った八つの案では、競技場の屋上まで森林が延長されていたフランスのドレル・ゴットメ・タネのプランが、とても優れているように思えた。
神宮の森からなだらかに丘を創りだし、植生によって飾られた新しい国立競技場は自然賛歌の思想も明確で、神宮の自然に溶け込んだ素晴らしい案だった。
いずれにしても東京が責任をもってやるのではなく、政治家が入り乱れて権力闘争ののち、大成建設と竹中工務店の言いなりに税金を使うという構図ははっきりと「見え」た。
すでに「今世紀最大最高規模の国家プロジェクト」と、世界中に喧伝されているのだからこの騒動の落としどころが見ものである。

とはいえ、旧国立競技場は、少なくともサッカーやラグビーファン、もちろん陸上競技の間では、聖地として通ってきた。
理由は様々だと思うが、位置する場所の問題と大きな関係があると私は思う。
首都東京のド真ん中。
それだけではない。
明治神宮外苑という、まさに厳かなパワースポットにどっかりと鎮座することも、大きなウエイトを占めていたはずなのだ。
「もったいない」とはこのことだ。都会のド真ん中であるにもかかわらず、あの空気感を堪能することができた国立競技場。
いま思えば、戦後日本の復興をスポーツと精神性を複合させ果たした、世界文化遺産に指定してもいいくらい価値がある空間だった。
まさに、日本独自のスポーツ文化が、そこには存在した。

哀しい舞台にもなった。
終戦間近、戦地へ赴いた「学徒出陣」の場所もそこである。
千駄ヶ谷門道脇にある「出陣学徒壮行の碑」に向かい、今ある自らの幸せをぐっと噛み締めた思い出がある。
約20年前、新宿から総武線に乗って『千駄ヶ谷駅』降り、徐々に迫るその風格に「鳥肌」が立ったのを思い出す。
場所・建物から、鳥肌が立つほどに、そこには「精神」が宿っているのだ。

2015年7月29日 6時04分15秒 (Wed)

◆謝罪の時代

◆謝罪の時代悔しいこと、辛いこと、言われた事、された事。
様々な人間の渦の中で調和を保ち関係を育むには、わりと体力が要る。
歳だけ重ねても、なかなか感情をコントロールする事はできない。
しかし、少し冷静になって「ボタンを押すの行為」を延ばす(待つ)という知恵は大切だ。

誰かに抗議したくなったら、明日までメールを送るのを待ったらいい。
誰かを殴りたくなったら、この次に会った時にすればいい。
相手をなじる手紙を書いたら、封をするのは明朝にして、明日再度よみ返してみるのだ。
すると多分、気持ちはかなり変わっているだろう。

メールの送信ボタン、あるいは、Facebookやツイッター、LINEなどの投稿ボタン、というのは便利です。
一押しで、あっという間に、相手に送ったり、友達とか何人もの人たちに、伝えたいことが伝えられます。

けれど、その便利さのゆえに、伝えないほうがよかったことさえ、瞬時に、相手に届いてしまう。
待つ必要のない時代は、待つことだけで回避された様々なトラブルを生み出す。

便利なようで、不便な時代です。
どんな道具、ツールも、使えない人間は、使わないほうがいいのでしょう。
核兵器発射のボタンは絶対に押してはならない。
自己管理が大切なメール送信ボタンは、悔しければ悔しいほど、腹が立てば立つほど、急ぐ必要はないのだ。
延ばす(待つ)時間の間に、双方の謝罪の言葉が頭の中に出てくる場合が多い。

感情に任せ、速攻で押した後に、謝罪の言葉は出ないものだ。
人も国家も、過ちを犯さないように。

2015年7月28日 19時01分45秒 (Tue)

◆慈愛の人

◆慈愛の人ある知人の家には、二匹の犬がいる。

一匹は、娘さんが小学校4年生の時に拾ってきた雑種の「チロ」。
白足袋を履いた可愛い犬だったが、マンション住まいで飼えず、奥さんの実家に預けてもう15年になるという。
長寿だが、最近は大変足腰が弱ってきたらしい。
外で飼われ、風雨に耐え、爪も伸び、毛も抜けて、番犬役も忘れない。
10年ほど前、里山付近の畑のクマ退治の「夜警」にかりだされ、一晩中吠えまくり、朝方に喉も枯れぐったりとして返ってきた姿は、多いに愛おしかったらしい。
今はお母さんが2週間に一度、一人になった祖母の世話で泊まった時に、「チロ」も世話をしている。
「歳を取っても可愛いわ~っ」といつも帰宅時に話すらしい。

もう一匹は、娘が一目惚れで買ったトイプードルの「あずき」。
室内犬として、家族を癒してくれるそうだ。
もっぱら、世話は娘さんではなく、お母さんが行い、主人であり召使いであるような、振るまいは「可愛い」と語る。

両匹とも、ご縁があって家族となった。
一匹は、里子に出した感じではあるが、二匹ともお母さんとの心は繋がっている。
「この子は、贅沢者や~」とあずきに話しかけ、「辛い思いをさせてるね~」とチロに話しかけている姿は聖母子像のように思えるほど、慈愛に満ちていることだろう。

そういえば、そのお母さんが息子さんの野球のお世話を一つの調和をもってされていました。
全員で、ひとつのチーム。
全てが自分の子供であるかのように扱い、時に優しく、時に厳しく対応していたと聞きます。
学年を超えた、母同士の絆も育んで頂いていたと思います。

今、ご縁あって、ロビンズで活動を共にする選手達には分け隔てはありません。
里子に出すような、辛いことはさせませんがそれぞれの事情・環境・覚悟を抱えて集まった選手に分け隔てはありません。
全ての選手に、全ての慈愛が届くように語りかけ、見守る事も、我々スタッフ・育成会の大切な仕事です。

我が子は、家へもどって慈愛で抱きしめてあげられる。
ご縁あって、仲間となった選手には日々の活動の中で、慈愛の心で抱きしめてあげたいと思います。
学年の枠を超えてできる「慈愛」は何でしょうか?
一体感は「枠や垣根を超える」ことだと、夏を迎えた今に復唱しています。

慈愛はキリスト教的表現、慈悲は仏教的表現になるようです。
同じ「慈」でも、愛と悲で授けられるものが変わる訳ではないと思います。

2015年7月17日 1時57分24秒 (Fri)

◆年齢別称の覚悟

◆年齢別称の覚悟今朝、祇園祭・山鉾巡幸を迎える。
台風でも、町衆の勢いで吹き飛ばしますと、某鉾保存会理事長が一昨日おっしゃっていた。
日本の「文化」に関わるとき、何歳のときに関わったかで価値観が変わり、横に誰がいたかで深みが変わる。
日本にはある特定の年齢を一つの節目として、古くから別称で「人生訓」を伝える。
これも文化の一つ。

【1】「志学」は、一五歳。
「論語」の「十有五にして学に志す」による。

【2】「破瓜」は、女性の一六歳、男性の六四歳。
「瓜」の字を二分すると「八」の字が二つになり、八+八=一六、八×八=六四というところから。「破瓜期」

【3】「弱冠」は、男性の二〇歳。
古代中国で男子二〇歳を「弱」といい、元服して冠をかぶったことによる。

【4】「而立」は、三〇歳。
「論語」の「三十にして立つ」による。
学問が備わって自分の立場ができあがる年、の意。

【5】「不惑」は、四〇歳。
「論語」の「四十にして惑わず」による。
人生の方向が定まって迷わなくなる年、の意。「不惑の年を迎える」

【6】「知命」は、五〇歳。
「論語」の「五十にして天命を知る」による。
天から与えられた使命を知る年、の意。

【7】「耳順」は、六〇歳。
「論語」の「六十にして耳順(したが)う」による。
修養を積んで他人の言葉を素直に受け入れられるようになる年、の意。

【8】「華甲」は、数え年六一歳。
「華」の字は、六つの「十」と一つの「一」に分解され、「甲」は、「甲子(きのえね)」の略で、十干と十二支のそれぞれ最初をさすところから。
次の「還暦」の方が一般的。

【9】「還暦」は、数え年六一歳。
陰暦で、六〇年たつと生まれたときの干支(えと)に再び還るところから。
「父の還暦の祝いに赤いちゃんちゃんこを贈る」

【10】「古希」は、七〇歳。
杜甫(とほ)の詩「人生七十古来稀(まれ)なり」による。
「古稀」とも書く。

【11】「致仕」は、七〇歳。
「礼記」の「丈夫七十にして事を致す」による。
昔、中国で七〇歳になると退官を許したところから。

【12】「喜寿」は、七七歳、または七七歳の祝い。
「喜」の字の草書体「」が「七十七」に見えることによる。

【13】「傘寿」は、八〇歳、または八〇歳の祝い。
「傘」の略字「仐」が「八十」に見えることによる。

【14】「米寿」は、八八歳、または八八歳の祝い。
「米」の字が「八十八」に分解できることによる。

【15】「卒寿」は、九〇歳、または九〇歳の祝い。
「卒」の俗字「卆」が「九十」に分解できることによる。

【16】「白寿」は、九九歳、または九九歳の祝い。
「百」から「一」をとると「白」となることによる。

★関連語として、(厄年) 陰陽道(おんみょうどう)で、厄難にあいやすいので、いろいろ慎み深く振る舞わなくてはならないとする年齢がある。
ふつう、男は25歳と42歳、女は19歳と33歳をいう。
蛇足ですが、私の田舎では400年続く福光宇佐八幡宮春季大祭で25歳・42歳の「厄年」と61歳「華甲」の氏子が神輿を担ぎ、厄除神事を営む、それは「生への感謝」で感極まる祭りである。
5年後・・・「華甲」、十干と十二支の仕切り直しは人生を改める機会になるのだ。

さて、中学3年であれば、「十有五にして学に志す」の「志学」となり、初めて別称が付く。
やがて半分の別称を積む年齢例になる私は、「志」だけは冷まさないでいたいと思う。

2015年7月16日 21時01分04秒 (Thu)

◆腰痛治療革命

◆腰痛治療革命先週、12日のNHKスペシャルで「腰痛治療革命」---見えてきた痛みのメカニズム---と題した番組を観た。

内容は、腰痛は「腰」ではなく「脳」に原因があり、劇的に改善する可能性が…!
というもの。
治療しても効果がなく、一度治ってもぶり返すなど長引く「慢性腰痛」。
最先端の治療現場では、「脳」の働きを改善し、慢性腰痛を克服する対策が、大きな成果をあげている。
たとえば腰痛 の不安を解消する映像を見たり、恐怖心を克服する運動をするだけで、改善する人たちがいる。
専門的な心理療法で、極めて重い症状の患者の腰痛が改善するケースも出始めている。
世界が認めた最新対策を紹介した番組であった。

厚労省研究班の調査によると、いま腰痛にお悩みの方は2800万人、実に日本人の4人に1人に及ぶと言われています。
中でも問題なのは、3か月以上続く「慢性腰痛」の人が半数以上を占めると考えられていること。
通常なら、腰痛の原因となる腰の骨や筋肉の異常は3か月たたずに改善するはず。
痛みの大元は改善しているはずなのに、なぜか痛みが長引く人がたくさんいるというのは、一体どういうことなのか?
最近の研究で、痛みの長期化(慢性化)に「脳」が大きく関わっていることがわかってきた。
脳にはもともと、痛みを抑える鎮痛の仕組みが備わっているが、慢性腰痛の人ではその仕組みが衰えていることがわかってきたのだ。

ではなぜ、脳の鎮痛の仕組みが衰えるのか?
その大きな原因と考えられているのが、「痛みへの恐怖」です。
腰痛に対する恐怖や不安の気持ちが強いと、それがストレスになり、脳の痛みを抑える働きを持つ部位が衰え、結果として痛みが長引いてしまう訳です。

番組では、痛みへの恐怖を減らして腰痛を改善するプロジェクトを紹介した。

映像を見て正しい知識を知るだけでは、恐怖や不安が減らない人もいます。
そうした人に向けて専門家が考えた対策第2弾が「1回3秒、背を反らす姿勢をとる」というもの。
といっても通常の腰痛体操のように、筋肉を鍛えることが最大の目的ではないとのこと。
この姿勢にある共通点は、以前にこのブログで紹介したマッケンジー体操の立ち姿勢版であった。

腰痛は「能」が痛みの指令を出す。

慢性は「恐怖」から脱却できない「自信とか安心」の欠如がもたらす指令だったと言う事だ。

「負け癖」「逃げ癖」も恐怖を脱却できない「自信の無さ」がもたらすものなのかもしれない。

NHKスペシャルは2年前、佐村河内守を特集したNHKスペシャル『魂の旋律 ~音を失った作曲家~』が放送され、『交響曲第1番』の成功、聴力を失った「苦悩」などを紹介したが、のちに詐称問題で化けの皮が剥げた。
偽者を見抜ず、社会的な信用を失墜させた・・・。
今回は、そんな軽卒な「ノリ」でない事だけは確かだ。
「詐称」で臆病になったNHKが「恐怖」の脱却を急いでいるのが見え隠れする。

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