2015年11月 アーカイブ

2015年11月29日 21時10分30秒 (Sun)

◆木を見て森を見ず

◆木を見て森を見ずフランスのことわざに「木はしばしば森を隠す」がある。
日本では、「木を見て森を見ず」となる。

意味は、「目の前にあることにとらわれ過ぎて、後ろにある大きな課題や目標や大切なことが見えなくなること」となる。
様々な思い込みや歪曲視、特異な価値観で遠くにある本質を見えなくしてしまう状態になるのは気を付けたいものですが、意外と頻繁に見かける。

ことわざの活字通り、森にいて、ある木の真ん前でその木を見ていると、森全体が見えない、ということです。
これは当たり前です。
森を見ようとしていない立ち位置。
木しか見てないのですから。

森の全容を把握するためには、その木から少し離れ、後ろにさがって、あたりにあるたくさんの木も視野に入れる必要があります。
その森が「深いのか、浅いのか」「目印が立っている森か? 迷子になりそうな森か?」「安心出来る森か?生命の危機を招く森か?」など、森に入ってみないと解らない事ばかりです。
森がものすごく大きいときは、後ろに下がるだけでは不十分で、森から出る必要もあるでしょう。
そして、遠くの山から見てみます。
Googleマップで、俯瞰するという手もあります。

このように、このことわざは、物事の細部にばかり捕らわれて、全体像が見えない状況を言っています。
たいてい、その細部はささいなことなのです。もっと大きな目標や大切なことがが後ろに隠れています。
つまり、細かいことが、もっと大きな目標や大切なことを見えなくしている、ということなのです。

今、目の前にある「木」を見つめすぎて、最終目的が見えなくなることは、みんなで気を付けたいことです。
近視眼的な視点ほど、大きな間違いをする事が多くあります。
活動の現場を「森」に、我が子を「木」に当てはめると何かが見えます。
ロビンズの活動の根幹は変わらず、枝葉をつけて蕾を結び花が咲く「はっきりした森」に成長させたいと思います。

2015年11月25日 0時25分02秒 (Wed)

◆花を愛でる。

◆花を愛でる。同級生に「華道」を習い、これから「お師匠さん」として後進の指導にあたるくらい極めている同級生がいる。
高校生の頃から習い事として積み上げ、「歳を重ねる毎にその深さ・芸術性・精神性を学んだ」と話してくれた。

本流派の池坊さんのHPで以下のページを読んだ。
「和と美 -池坊いけばなの精神-」
自然に恵まれた日本では、四季折々に美しい草木が見られます。
春の芽生え、夏の繁茂、秋の彩り、冬の枯枝…これらは草木が生きているからこそ現れるものです。
池坊では草木の命が作り出す姿を美しさの根源とし、そこには「和」があると考えます。
つまり、草木の命が日々太陽や雨や風などに出会い、新たな姿へ変化することが「和」なのです。
虫食い葉・先枯れの葉・枯枝までも、みずみずしい若葉や色鮮やかな花と同じ草木の命の姿ととらえ、美を見出すことが池坊の花をいける心であり、理念です。・・・・・とある。

その同級生は、今年4月の中研祭大賞で大賞を受賞した。
中研祭大賞とは・・・。
今年度の特別科を卒業された方で、中研祭の特別科コーナーに出瓶される作品の中から、中研在学生および中研生OBの皆様が「お気に入り」作品を1つ選んで投票する中研生による、中研生のためのイベントとのこと。
彼女からの頑張っている報告は嬉しく、『あんのん』としている私に刺激を与えてくれました。

生け花は室町時代の婆娑羅思想(ばさらしそう)の渦の中から誕生したもので、池坊の立花(りっか)は、中心の軸になる主とそれを支える脇があり、真・副・体(しんそえたい)と表現して生け方の様式が決まっています。
立花は書院造りの床の間に飾るものでしたから、正面から見ることが前提であり、西欧のフラワーデザインがテーブルに置いてどの方向からも見られることと対比されます。
深いところを理解していない私ですが、四季折々の樹枝・草花などを切って花器に挿し、その姿の美しさ、いのちの尊さを表現し観賞する芸術であり、茶道などの他の諸芸と同様、礼儀作法を大切にする日本の伝統的な芸術だと解釈しています。

先般、無秩序で無差別なテロがパリで起きた。
その同時多発テロ後の現場で、「献花」に訪れたパリ在住の6歳の少年Brandon君とそのパパAngel Leさんのパリ襲撃に関する会話が目に留まった。
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[レポーター]
何が起こったか分りますか?
何故彼らはこんな事をしたのか理解していますか?
[少 年]
うん。彼らが本当に本当に意地悪だから。
悪い人達は本当に良くないから気をつけなくちゃいけない。
家だって引っ越さないと…。
[パ パ]
心配しないでいいよ。
僕たちは引っ越しする必要なんてないんだよ。
フランスが僕らの家だから。
[少 年]
でもパパ、悪い人達がいるんだよ。
[パ パ]
うん。でも悪い人たちは何処にでもいるんだよ。
[少 年]
彼らは銃を持ってる。本当に本当に悪い人達だから僕らを撃ってくるよパパ。
[パ パ]
大丈夫だよ。彼らは銃で撃ってくるかもしれない。
でも僕たちには花がある。
[少 年]
でも、花はなんにもしてくれないよ。花は…花は…
[パ パ]
もちろんしてくれるよ。見てごらん。皆が献花する花は銃と戦ってるんだ
[少 年]
守るために?
[パ パ]
そのとおり
[少 年]
ロウソクも?
[パ パ]
それは、昨日亡くなったひとたちを、偲んでいるんだよ。
[少 年]
花もロウソクも、僕たちを守るためにココにあるんだね。
[レポーター]
気持ちが楽になったかな?
[少 年]
うん。楽になったよ。
-----------    
愛らしい少年がテロの概念と戦う姿を見ると悲痛な思いがすると同時に、父親の言葉で安心する姿に心温まります。Angelさんの話を楽観的だとか理想主義的だと思う人もいるかもしれません。でも、ニュースで連日この悲惨なテロの報道がされ、世界中に恐怖が広がっていく中で一服の鎮静剤のような存在になったのかもしれません。

献花しに行ったら偶然にインタビュー。
もし自分がAngelさんと同じ立場だったら、こんな会話はできない。
花が慰めてくれる力、語りかける力を、心から大切にしたいと思った。
今有る、平和に感謝!
野球が思う存分できる事に感謝です!

2015年11月22日 7時48分51秒 (Sun)

◆トリコロール、黒黄白

◆トリコロール、黒黄白色の話をします。
視界にはいってくる色の感じ方で、特定の色が目に止まって気になるということありませんか?
これは自分の体や心の状態を教えてくれているんだという考え方ができます。
それぞれの色には特長や効果が有り、それを上手く使うことにより人にいいことを作り出すといわれてます。

よく紹介されるのは、なりたいことや願うことに対応した叶う色を使って効果を期待するってやりかた。
お金を貯めたいならこの色の財布を持つといいとか。風水でもそうですね。
目的があってそれが上手くいくようにする為に色を求めに行ってます。

反対に色の方から向かってくる場合は色が何か言ってきてると捉えられます。
いまあなたの内面の状態はこんな風になってますよってサインを色が合図してくれています。
今、とても気になる色があるならその自分に強く意識に入ってきた色から状態を知って向う方向へ向かう事が大切です。

さて、ロビンズ基調色の意味はご存知でしたか?
その色の意味に、引っ張られていますか?

■【黄】 ・・・<活力・光>
喜び、明るさ、明朗、愉快を表す色です。
黄色は「光」のイメージに最も近い色で、生命の躍動感、上昇志向、希望、やる気、満足など前向きの期待感をイメージさせます。
また、回りの環境に順応したり、友達と仲良くなりたい人には役に立つカラーです。
アピール力があり元気なイメージを伝えます。
□【白】・・・<純粋・敬意>
白は、すべての光を返してくれる色で、すべての色を含む「光そのもの」です。
白は一般に純粋・清潔、潔癖、 無邪気などを表します。
白は「敬意と憧れ」のイメージもあります。
■【黒】 ・・・<規律・自立>
陰陽五行説では、黒は水性を表します。
「黒」はすべての色の波長を吸収するため、「光のない色」、すなわち「黒」になるのです。
また、すべての色を混ぜ合わせると黒になります。
すべての色の要素をあわせ持つく黒は、すべての意味合いを含んでいます。
例えば、喜びや悲しみを乗り越え自己に向き合い確立していく場合にも黒が用いられます。
黒は最も強力な規律的な色で、権威あるもののイメージを強化します。

「活力・光」、「純粋・敬意」、「規律・自立」・・・毎日、見ているはずです。

2015年11月20日 0時55分59秒 (Fri)

◆侍JAPAN、現場と裏事情。

◆侍JAPAN、現場と裏事情。昨晩、第一回プレミア12、準決勝で侍JAPANは韓国に9回逆転負けで決勝進出を逸した。
この、「WBSC プレミア12」は、ついこの間、王さんの監督でイチローも頑張って、世界一になったWBCワールドベースボールクラシックとはどうも違うらしい。
4年に一度開かれるという点では同じらしいが、「プレミア12」というのが、胡散臭い。

野球ランキング12位までの国を招待して開かれるというが、誰が、何時、何処で選考したのかも良くわからない。
それにベスト12というが、アメリカのメジャー・リーガーは参加しないというのだから、ますます変だ。
毎夜のテレビ中継で、逆転につぐ逆転、日本の選手が活躍しているのは、たいへん嬉しいが、緒戦だけ日本でやって、あとは照明の暗い閑古鳥のなく台湾でする、というのもどこか不自然だ。
良く聞いてみると、この第一回プレミア12は日本ですべて開催する予定だったが、テレビの放送権料、スポンサー料にたいする日本側の取り分要求があまりにも高く、ならば台湾主催へと主催団体が方針転換したというのが、真相だそうだ。
日本の選手、日ハムの大宅もの広島の前田も、殊勲賞の中田も自主参加で、ひたすら野球のために頑張っているのかと思いきや、なんと株式会社NPBエンタープライズなる会社を設立、主たる事業は「侍ジャパン」による収益事業ときいてガッカリした。
プロ野球なのだから、金に走っても致し方ないが、国際競技として市民権をうるためにはスポーツの純粋性もすこしは欲しい。
ヨーロッパの先進各国が、野球のオリンピック参加にあまり乗り気ではない理由が少しわかるような気がした。
一生懸命プレイしている選手には気のどくだが、「野球は利益最優先の堕落したスポーツ」と受け取られても仕方がない。

そして、トップ選手を構成していない「なんちゃってナショナルチーム」との「招待試合」でトップ選手を揃えたのは日本と韓国、それに台湾ぐらいのもので、勝って当たり前の演出での昨晩の敗戦は事情が解っていても「国際試合」として観てしまう自分の気合いの入りようとは逆に「3点とって安心・・・」という油断がでたのは確かである。

負けても良い試合なんて無いし、「日の丸を背負っている」という選手の必死さには感動した。
あとは、プロ野球というカテゴリーで、必死のパッチの「国際試合」が全世界的に価値観が揃うかが、2020年オリンピックを迎えるまでに問われる事であろう。

2015年11月18日 20時25分21秒 (Wed)

◆高杉晋作と近藤勇

◆高杉晋作と近藤勇先般、高杉晋作を書いた『世に棲む日々』を十数年振りに斜めに走り読みした。
伊藤博文が高杉を、「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、・・・」と幕末の風雲児振りを評した。
高杉のこんな言葉があった。
「朝に人としての道を悟ることができれば、その晩に死んでも悔いはない。」という事こそが人の道である。
人としての努力をすることもなく、ただ死に向かうのは人の道ではない。・・・と。

「人の道」とは何なのでしょうか?
実は当時対峙していた新撰組の近藤勇が「人の道」と題して残しているものがあります。
忘れてならぬものは  恩義
捨ててならぬものは  義理
人にあたえるものは  人情
繰返してならぬものは 過失
通してならぬものは  我意
笑ってならぬものは  人の失敗
聞いてならぬものは  人の秘密
お金で買えぬものは  信用

人として努力しないということは、人の役に立つことを放棄したものです。
それは、少し寂しい事です。
この世に生を受けたということは、使命を果たすことが前提だということ。
「使命とは、しっかり大切に生きる事」。
それを信じて、1日1日一生懸命歩むことが とても大切だと思いますが、ついついへこたれるのが今の自分です。

前出の近藤勇の「人の道」に「義理」「人情」があった。
この二つを続けて「義理人情 (ぎりにんじょう)」と聞けば、なにか反社会的組織の訓戒のように聞こえて嫌な感じを起します。
昔、高倉健や菅原文太らが「義理人情」を背負い、ドンパチと派手な映画で伝えたかったのであろうが・・・。
日本映画での「義理人情」を表現するのに、なぜヤクザ映画が代表格になったかは単に1960年代から80年代までの時代が許しただけの事かもしれない。
だから「義理人情」には、肩で風きるような風采が定着したのかもしれない。
最近の時代劇映画「蝉しぐれ」や「武士の一分」などは、「義理」と「人情」の悲哀版である。
フーテンの寅さんや釣りバカ日誌なども、人情で泣かされる。
武士道の原点がそこにある。

さて、義理人情とは?
物事の正しい道理、人の行うべき正しい筋道のことで、人付き合いの基本とされる観念。
「義理」は、人間関係のしがらみに基づく事柄。
「人情」は、人間が本来持っている思いやりの心。・・・である。
「義理」と「人情」は理性と感情を意味する別のことばだが、二つを合わせる事で、人間関係や社会的立場などから生まれる複雑な感情のことにもいう。(・・・ここが、変な使われ方をしないようにしたいところ)

また、人との関係を大事にし、愛情や責任感が強い人に対して「義理人情に厚い人」といい、褒めことばとしてもつかうこともある。
しかし、最近の事件ニュースや身近なところでも個人主義に走る、哀れな言動が漏れ聞こえ、寂しく情けない思いをする事がある。
温かい人情が集まって人が寄り添い、お互いの素直で更に温かい義理が生まれて感謝の念が起きるものだと思います。
人は、単純に「お世話になった事と時間」に何らかの感謝の念が発生すれば、自然に「何かをしてあげたい・・・」「何かしておこう・・・」との心が起きるものです。
それを、受けた人はまた「意気」に感じ、心と活動の輪が厚く、大きくなるのだと思います。

社会体育としての立場を有する「ロビンズ」では、「義理」と「人情」をバランス良く確認できる環境、それを通じて成長できる活動を進めてて行きたいと考えています。
・・・・・、人としての義理人情が交わせるように、武士道を通じて野球を通じて積み上げていきたい!

★ブログ(球魂)

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