2015年12月 アーカイブ

2015年12月31日 12時45分52秒 (Thu)

◆一年を刻むこと。

◆一年を刻むこと。人間を育てる最大のものは、もしかすると月日なのではないだろうか。
年月はごく自然に、特別に一円も余分な授業料を払わなくても、人生の細部を明るみに出してくれる。
それがたいていの人を賢くさえする。

年を取ってもまだ利己的で、自分に関係のある小さなことにしか興味のない人がいたら、それは確かに年月がその人を育てなかったのだが、まあどんな場合にも例外はあるのだ。

あと11時間もすれば、新年を迎える。

1年生は2年生に、2年生は3年生になっていく...
去年の今頃は、無理だと思っていたことが、
もしかしたら、今年だったら出来るかもしれない、なんて具合に、状況が変わっていることもある。
ただ待っているだけでなく、出来る限りのことを継続していれば、時間が過ぎていくうちに、「運」と思えるようなことが巡ってくることもあるのだ。
「運」も実力なのだ。
「運」を引き込む真面目な取り組みが必要なのだ。

あとは、人間の決断だ。
その波に乗るか、二の足を踏むか。
やりきるか、足踏みするか。
どちらになるのですか?

走る。
振る。
体幹を鍛える。
考える。
準備力を上げる。
道具管理。
挨拶。など
・・・・・、これらは野球選手として当たり前のこと

身の回りの整理整頓。
家族への感謝。
一つの仕事。
手伝い。
感謝の心。
挨拶。など
・・・・・、これらは家族の一員として当たり前のこと。

学校での授業態度。
宿題の完了。
予習・復習の励行。
時間の管理。
率先力と協調性。
挨拶。など
・・・・・、これらは学生として当たり前のこと。



2015年12月29日 9時00分44秒 (Tue)

◆正しい子離れ。

◆正しい子離れ。私が思う”親としての教育極意”は『子供との適度な距離感』です。

今の時代、預ける事だけで能力が伸びると信じる「預託教育信仰」的な教育熱の充満する家庭が増えてきたような気がします。
学習環境にお金と親の労力を注ぐ事で、けなげにも子供の成績を上げている例を数多く見聞きするからです。
学習塾に入れておけば、「簡単に成績が上がる」と考えている人が少なくないと聞く。
スポーツの中ででも、有名クラブに入れてさえおけば「簡単に上手くなる」「露出度が上がり強豪校への推薦がいただける」と、考えている人が世の中にはいると聞く。
「チームメートが頼りない」「我が子はプロになれる逸材なのに・・・」と簡単に個人主義に走ってしまい、成果が上がらない事を、簡単にクラブの責任にしてしまうのだ。
塾であれば、一対一の現場なので個人主義をとやかく言えない。

「うちの子はやっています」「能力があります」「センスがあります」など、簡単におっしゃると聞く。
しかし、現場でさぼっているところ・手を抜いている(休んでいる?)ところは親には見えにくいものです。

思うのは勝手ですが、言うのは勝手では済みません。
発した言葉と内容は、残念な事にその方の評価になってしまいます。

これらの親心の焦りや歪みが実のところ、一番子供のやる気を削いでいるように思えてならない時があります。
子供の能力の”伸びしろ”には限界はありません。
しかし「預託教育」には、家庭での親子環境と基礎が大きく影響してくる訳です、
子供が幼い時には、できるだけ一緒に遊び、知的な刺激が必要だが、中学生にもなったら子供との距離を置き、むしろコーチ役に徹するのも「手」である。
勉強そのものは教えられなくても、親は子供の能力を引き出し学び方を教えることなら十分な可能で、むしろそちらに徹することが望ましい。

中学3年生・高校生ともなると、その勉強量たるや相当なものになります。
それプラス、学校行事や部活動など、精神的、体力的にもかなり消耗しているもの。
試しに一度、高校生の子供の教科書を見てみるとイイ。
相当難しい事をやっている事がわかります。
だからこそ、親はそれを汲み取り、やっと家に辿り着いた我が子に「勉強しろ」などと追い打ちをかけるような事は言わないこと。
私の場合は、もう既に「いい歳になった」自分の息子や娘のそんな時期に、かみさんと二人で「勉強の事より、この料理美味しいねといえる楽しい食卓を作ろう。」と言い続けた、。
(勉強しろと言うな)と暗黙のうちに釘を刺しあっていたことを思い出します。

将来、勉強で身を立てさせたいのであれば、親は勉強を強制するのではなく、『子供自身が自主的に勉強に取り組める環境作り』をすることを考えるのが、実は一番先決なのではないかと私は思う。

子供自身が学ぶ事が受け身ならば、どんなに教育費をかけ優秀な家庭教師や塾講師が指導しても、その内容は水や砂の如く頭の中からこぼれ落ちるのは明白です。
ただでさえ、学校の勉強に疲れて帰ってきているのに勉強を押し付け、命令し、挙句の果てには小言や愚痴を言われた子供の身にもなってみてほしい。(学校で集中していない子は何がしかの要因がある)
果たしてやる気は出るだろうか?
更にそれらを親の愛情と感じるだろうか?
大人でも仕事の休養がなければ、次の仕事へのやる気が削がれるように、子供にも癒やされる場所や休養は必要不可欠。
休息があって、改めて勉強へのやる気や気力が湧くというもの。
そんな気遣いもなく、ただ親の感情を押し付け勉強を強制される我が子の気持ちを察してみてはどうでしょうか。

愛情を注がれていないと感じてしまう子供に安らぎは無く、心はいつも宙に舞う。
何事にも集中できず熱中できない。
勉強だけでなく、様々な事がうまくいかないのだ。
親は励ましているつもりで叱責や愚痴、小言を言うのだろうが子供はそれらを愛情とは感じないのだ。
逆に、自分で考え自主的に努力する子供には忍耐力で苦しくても逃げずに果敢に挑戦するもの。

子供の気持ちを汲むほうが先で、勉強の必要性を説くのは後です。

子供の能力を伸ばす秘訣はどれだけ子供の身になって思いやれるか?
子供の気持ちを察することができるか?
子供に安心感を与えられるか?という親の愛情なのである。

それが分かっている親が、実は子供の能力や才能を最大限に伸ばすことができると思います。
子供が高校性になったら『適度な距離感』こそ、親の最大の愛情と理解できるような心構えが必要なのです。

内村航平の母親、亀田兄弟の父親、石川遼の父親、あるいは星飛雄馬の父・一徹のように、子離れできない親を見るたびに、その子達は異常な「溺愛」という溺れそうなストレスとも闘っていることに敬意すら覚える。
一流に近い選手は、それら面倒な事にも対処法を持っているのが凄い。

私は思います。
親の子離れが子供の『やる気スイッチ』を押す唯一の方法なのだと。
親とすれば、内心はそれが一番寂しいことなのだけれど・・・。
互いの為には、早い方がいい。

2015年12月24日 19時25分20秒 (Thu)

◆縁を生かす。X’mas

クリスマス前後になると、何か優しい気持ちが恋しくなったりしませんか?
決して現在が優しさに飢えている訳ではないが、雪国で育った私は「マッチ売りの少女」や「一杯のかけ蕎麦」など、しんしんと降る雪の情景で、辛くても頑張っている物語が沸いて出てくる。

生まれた古郷で、お世話になり「ご縁を頂いた方々」。
仕事で京都が第二の古郷となり「ご縁を頂いている方々」。
子供が生まれ、今の住まいで「ご縁を頂いている方々」。

金も看板も地盤も無い者にとって、唯一分け隔てなく与えて頂いているのは「ご縁」です。
生かしているか?
活かしているか?
生かされているか?
活かされているか?

そこには感謝しかないのです。
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そんな、解った様な事を言っている私が先般本屋で目にとめた本に「心に響く小さな5つの物語」があった。
調べると、かなりその世界では誰でも知っている本らしい。
チラ観して、本の全貌を掴んだ。
ネットにその一編、「縁を生かす」が掲載されていた。
・・・・・、私にもこの先生とダブる恩師がいます。
今も感謝を忘れません。
メリークリスマス!

2015年12月19日 5時30分18秒 (Sat)

◆手弁当ボランティア

◆手弁当ボランティア知恵蔵2015の解説に『ボランティア』とはこのように書かれていた。
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単なる無報酬の奉仕活動という意味ではなく、自己の自発的・主体的な意思によって社会問題の解決や必要とされている活動を理解・共感し、勤労とは別に労働力、技術、知識を提供すること。
「自由意思」を意味するラテン語のボランタスが語源。
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他のチームの野球関係者と話をすると「我々はボランティアだから・・・・眼度がある」とか「個人主義で難しい持代になった・・・」との話になる。

私はロビンズ活動を「ボランティア」という意識で立ち上げ継続している訳ではなく、中学生に「とことん」軟式野球ができる環境を提供したいと思っただけである。
その主旨に賛同し、スタッフ・選手が集まってくれた。
救済とか支援とかでは、言い表せないものを背負っているつもりである。
「助けている」なんて、意識はない。
…「助けられているのはむしろ私の方だ」…といつも思う。

こんなニュースがあった。
『前々回のサッカーワールドカップでフランス代表のジダン選手は、決勝戦で頭突きをした罰として、ボランティア活動を命じられていました』という報道です。
ちょくちょく聞きますが、「罪を償う為にボランティアを・・・」などと使われた時代もあった。
ボランティア活動が罰だなんて、ちょっと違和感を感じますが、時間を忘れて、ボランティアに取り組んだ時には、きっと視点が変わるもの。

その1つが「助けてやっている」でなく、「救われた」と感じること。
ボランティアに来た人が、「こっちは、わざわざ助けに来てるんだよ。」という態度じゃ、お金を払って仕事として
来てくれるプロの方がありがたい。
身内からの無償介護より、ヘルパーさんの介護の方が心と身に染みるっていうのは、こういうことにも関係あるんでしょう。
もちろん、ボランティアをする側だけでなく、それを受け入れる側にも問題があるケースも少なくありませんが…

一方が「そんなのは当たり前だ」と思い始めた時から、「救われた」気分から遠ざかります。
そもそも、人を助けた気分になるのは簡単ですが、本当に人を助けるっていうのは、簡単でないことがあるんでしょう。

しかし、ロビンズ活動は「救済」ではない。
人としての成長を「スポーツ・野球」を通して、育む。
勝って得るもの、負けて学ぶ事を多感な中学生選手と親御さんと一緒に学びたい。

出逢いから、卒団までに学ぶ気持ちを持ち続けられれば「まる○」。
そして、公式戦で純粋に闘う気持ちを出せるようになれば「二重まる◎」。
更に、県大会優勝~全国へと先輩をしのぐ戦績が残せれば「花まる」、なのです。

『手弁当』で寄り添うスタッフも人間形成のため勉強させていただける、活動なのです。
だらしない大人にならぬよう、心の向きを前に向かせてくれている、…「助けられているのはむしろ私の方だ」…といつも思い感謝する。

2015年12月17日 1時34分43秒 (Thu)

◆謙虚な方の共通点

◆謙虚な方の共通点前号の「球魂」でpride/プライド(自尊心) の対義語(反対語)は、 humility /ヒューミラティ(謙虚)と書きました。
そこで、謙虚な方にある共通点を探ってみました。
8つあると思います。

【①地位が高くても傲慢にならない】
自分がされたら嫌だと思うようなことを、他人には絶対にしません。
「自分」というものを持ち、地位や名声に左右されない強い人こそが、謙虚な人と言えるでしょう。

【②素直に受け入れる姿勢】
謙虚な人は、良いことだけにかかわらず、悪いことも素直に受け入れられる姿勢があります。
むしろ相手に感謝し、自分にとってプラスになるように物事を見ることができます。

【③常に努力を惜しまない】
謙虚な人は、人の見ていないところでさまざまな努力を重ね続けています。
そしてその努力を他人に見せびらかすことなど絶対にしません。
自分の地位や名声に満足してしまうのではなく、常に前へ前進し、自分を高めようとする努力家なのです。

【④人の悪口を人前では絶対に言わない】
誰しもが心の中では色々と思うところがあるものです。
例えば、
「あの人苦手だな・・・」、
「どうしても性格が合わないから疲れるな・・・」などです。
しかし、そのような気持ちを自分の心の心に秘めることができる人は謙虚な人が多い傾向があります。

【⑤周りに対して気配り目配りができる】
謙虚な人は、相手の話を真剣に聞き、共感したりできる人が多いものです。
たとえその相手が誰かの悪口などを言っていたとしても、まずはその相手の気持ちを汲み、「そうだよね・・・」、「大変だったね、よく話してくれたね・・・」と、共感します。
だからと言って、一緒になって悪口を言ったりすることはありません。
話が盛り上がってつい言ってしまったとしても、「でも、自分が未熟だから・・・」と、自分のほうが劣っていることをアピールし、悪口の対象となっている人やモノなどを否定することはないでしょう。

【⑥低姿勢】
話し合いの場などで、自分からでしゃばって意見を言ったりする人はあまりいないようです。
気が小さいからとかではなく、本当は言うべき意見、考えを強く持っています。
謙虚な人ほど実は意志はとても強く、いざという時の決断力などは優れていたりするものです。
しかし協調性を大切にし、周りの意見を尊重できるの人なので、
「でも」、「だって」などは言わずにそのまま相手の意見に乗りがちです。
誰にでも平等に接することができて、常に相手より一歩下がった姿勢や態度です。

【⑦相手のいう事を真っ向から否定しない】
昔、「○○さんはこういうやり方でと教わったのですが、そのやり方でいいですか」と後任の先輩に伝えたところ、すっかり嫌われてしまったというエピソードがあります。
「私の言う事は聞けないのにあの人の言う事は聞けるんだね」と言われ続けてしまい、彼の心の狭さを嘆いたものの辛い時期がありました。
この先輩の性格の問題もありますが、私の伝え方も「そういうやり方もありますね。ちなみにこういうやり方はどうですか」とすればまた違ったリアクションがきたはずです。
謙虚な人というのは、否定したくなるようなことでも、相手の意見を一度受けとめて、言葉を選んで伝えることができます。
未熟で青い頃が恥ずかしいです。

【⑧謙虚な人のスキルは高め】
謙虚な人は内側のエネルギーが満ち満ちています。
しかし、会議などで自分の意見を通そうなどという気はなく、相手に協力体制で望みます。
でも上手くいかない・・・。
次の打つ手がわからない・・・。
なんてときに、その謙虚な人の鶴の一声で目の前が開けたりするものです。
それはたまたまではなく、謙虚な人がずっとその問題に向き合って考え続けてきたからこそ得たアイデアや答えだからです。
奢らず、胸に一度飲み込み「人として」謙虚でいることが、さらなる成長につながり、人間関係も円滑に築ける秘訣ですね。
私の経験値で、ロビンズを通じて謙虚な方々と沢山出逢わせて頂いた事は大変有難く、人としてちょっとは善なる方向に向けていく事を忘れずにいたいと思います。

★ブログ(球魂)

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