2016年3月 アーカイブ

2016年3月24日 22時15分15秒 (Thu)

◆夢見る自分でいること

◆夢見る自分でいること何事にも、向き不向きの才能があるのは事実です。

それでも、共通することは、練習しなきゃ伸びないということ。
ただ、それが100回練習して上達するか1000回練習して上達するかの違いはある。
でも、99回、999回練習してあきらめたら、1回も練習しないのとたいして変わらないという共通点もある。
大事なことは、常に変化を求め、忍耐強く継続すること。

うまくいかないことばかりで、情けない時も、苦しい時も、夢見る自分でいること。
夢が叶うための必要条件だ。

ご縁あった新入生ふたりに伝えたい。
「いつまでも、夢見る自分でいてほしい」!

先輩たちもだ!
さあ!
成果を出す、春が来た!

2016年3月23日 22時35分08秒 (Wed)

◆木蓮の涙

◆木蓮の涙去年の今日、23日に「白木蓮」のブログを寄せた。
今朝も、7:11発市バスの窓から「白木蓮」が昨年とほぼ同じ日にちに開花していた。
通りは京都駅正面西側で中央郵便局と向かい合わせになる角。
いつもの通勤路。
今年も咲いてくれたと嬉しくなったが、成長もままならず年齢だけを重ねている自分に情けなくなる。

スターダストレビューの名曲「木蓮の涙」がある。
わたくし事ですが49歳で他界した、父を思い出してしまいます。
思い出と言っても、7年間しかない。
初期に入院していた病院に「木蓮」が咲いていた。
4月に入って15日に桜の舞う中、獅子舞を父の前で披露した。
私にとって、木蓮と桜は希望あふれる花ではないように思えた。
しかし、桜の散り際の美しさを父はよく話していたと聞く。
それは、海軍出身の彼の誇り、武士道の極みとして語っていたのだろう。
海軍のボタンは「桜に錨」。
潔さが・・・、カッコいいのである。

その父より6年長生きしているわりに、このテイタラク。
父を超えたい・・・、しかし、いつまでも父を探している。
セツナイ歌声を聴きながら涙し、良い春を迎えたいと心から願うこの日である。
誰でも、悲しみを乗り越えて今があり、その先の笑顔を糧に生きているのだ。

ーー「木蓮の涙」ーー
♬逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探している
あなたを呼んでいる

いとしさの花篭
抱えては 微笑んだ
あなたを見つめてた 遠い春の日々

やさしさを紡いで
織り上げた 恋の羽根
緑の風が吹く 丘によりそって

やがて 時はゆき過ぎ
幾度目かの春の日
あなたは眠る様に 空へと旅立った

♬いつまでも いつまでも
側にいると 言ってた
あなたは嘘つきだね
わたしを 置き去りに

木蘭のつぼみが
開くのを見るたびに
あふれだす涙は 夢のあとさきに

あなたが 来たがってた
この丘にひとりきり
さよならと言いかけて 何度も振り返る

♪逢いたくて 逢いたくて
この胸のささやきが
あなたを探している
あなたを呼んでいる

いつまでも いつまでも
側にいると 言ってた
あなたは嘘つきだね わたしを 置き去りに♬

2016年3月21日 7時22分15秒 (Mon)

◆Challenge

◆Challenge3月20日、2016年選抜大会の開会式が行われ、日本高野連の八田英二会長が高校野球を通じた教育の大切さを訴えられた。

あいつさつの締めとして選手たちに「Challenge and you can change(挑戦してください。未来は皆さんの手の中にある)」と英語で選手たちに呼びかける異例の一幕があった。
過去にカリフォルニア大学バークレー校大学院経済学研究科で学んだ経験があり、和訳すると「挑戦すれば君も変われる」。
若者の成長を促す言葉として用いられている。

さらに今大会から中学の軟式野球部に所属する生徒をバックネット裏に招待する「ドリームシート」の子供たちに「臨場感を味わってほしい」と呼びかけるシーンも。
八田会長は昨年9月に奥島前会長からバトンを渡され、今大会が春夏通じて初のあいさつとなっていた。

野球少年の激減ので、我々にも「Challenge and you can change」が必要なのである。

2016年3月17日 22時41分46秒 (Thu)

◆「不器用です!」って?

◆「不器用です!」って?「自分が不器用だという人の大半は、気が利かないだけなんじゃないかな。」とも思うことがよくある。
この言葉、実は・・・・・私にも痛いです。

「自分は不器用です」っていえば、なんか格好いいみたいな空気がある。
昔、映画で高倉健さんが「自分は不器用ですから・・・」と言う台詞があった。
真面目で、言葉少なく人見知りで、シャイな男が自分を言い表すために使っていた。
また、出演した映画では求愛の文句にも使っていた。

誰でも、手先の不器用は分かる。
けれど、人間関係の不器用とか、生き方の不器用っていうことの中には、たしかに「気が利かない」だけっていうのもありそうな気がする。
私も、その一人です。

気が利かない、あるいは、気を遣おうとしない怠惰さを、不器用という言葉に背負わせている。
不器用さの魅力と、怠惰さの迷惑は、ちょっと違うことなのだ。
だから、素敵でも何でもない「不器用さ」を自分から宣言するのは、時代遅れなことなのかも…しれない。

うーん、これからは、不器用ですみません、なんて言い訳は使えないなぁ。
正直に、「この歳になっても気が利かないですみません、今修行しているところです。」とか言うしかないだろうなぁ。
でも、実際のところ、本気でそう思えていないところもあるから、ちょっと、自分でも始末に負えない。

やっぱり、不器用なんかじゃなくて、気を遣いたくない自分勝手のようです。
不器用という言葉を「器用」に使い分けてはいけないのです。
反省!反省!

野球で「器用な選手・・・!」は、最良の褒め言葉です。
しなりがあって、順応性があって、貢献力があり、頭が良さそう・・・。
二塁手・遊撃手、一・二番打者に求めたい!
野球で「不器用な選手」は、勝っている試合の代打しか場面は無い!
不器用では基本、使える場面に限度があるのです。

2016年3月14日 21時21分22秒 (Mon)

◆全力から逃げない

◆全力から逃げないゴロが取れなければ「怒る」。
三振したら「怒る」。
そんな「怒る」指導者を『スポ少時代』に多く見てきた。

「叱る」と「怒る」の使い分けができる指導者は少なかった。
つまり、「叱るところ」は、全力で立ち向っているか?否か?なのである。
様々なスポーツ競技や仕事の現場で、能力の高低で出来映えが違ってくる。
例えば、エラーひとつに押しても「誰しもエラーはしたくない」、しかし「エラーをした次の対処」、次の次の対処の無さや、もともと向かう勇気と準備力が見えなければ「叱る」のです。

「怒る」は感情の現れですから、抑えよ!とは申しませんが、人間形成という「育む」とか「教える」を「怒る」という感情で台無しにしてしまうのはちょっともったいない。

過去、ご縁あって入部されたが、訳あって退部れるときのコメントに「楽しく野球をやってほしい」とおっしゃった親御さんがいらした。
「楽しく」!
「楽しくない」?
・・・そうなると、「迷うな!」「怯むな!」「逃げるな!」「立ち向え!」などの気持ちを奮い立たす為に「叱る」なんて事はすでにできないのである。

夢は逃げない。逃げるのは いつも自分だ!
今日から変われる、自分を見つけるのだ!
野球が出来る事に、日々感謝。

3.11に、今ある幸せ、命に感謝です。

★ブログ(球魂)

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