2016年4月 アーカイブ

2016年4月25日 21時59分16秒 (Mon)

◆美味しい!

◆美味しい!どんなにおいしい料理でも一人で食べていると虚しくなってくるものです。
まずくないってのは大前提だけど、あとはおいしい料理を気の合う仲間と食べる。
これが「おいしい」ってことなのだ。

野球も同じ!
おいしいと確認できるもの同士が集まると、さらにおいしくなる。

一人か二人が、「おいしくない」と感じると、囲んで食べる料理は全体においしくない。
おいしくない奴はテーブルから外れてください。
グランドから外れてください。

今日年に二人が辞め、新人二人が入った。
技量以上に、純粋においしいものは美味しいといえる選手が二人増えた!

だから大切にしたい!
美味しいといえる選手がグランドに来てくれたことを!
一緒に成長しよう。美味しいものを毎週食べて!

2016年4月18日 21時38分58秒 (Mon)

◆石となれ・・・

◆石となれ・・・熊本を中心に激震が相次いでいる。
死者40数名、避難者20万人。
地震はこの国の宿命といえど、この20年にマグニチュード7以上の激震が4度も襲った。
亡くなれた方々・ご遺族・避難生活をしいられている方々を思うと、胸が締め付けられる。
遠方で見守るだけの、もどかしさもあるが今ある幸せにただただ感謝です。

ニュースで「熊本城が崩落・・・」「落ちた!」の報道には驚いた。
熊本城は、大阪城、名古屋城と共に「日本三名城」の一つとして知られ、肥後半国の領主であった加藤清正によって築かれた城。
清正は「城作りの名人」と呼ばれ、名古屋城を始めとして数々の名城を作った人物としても知られているが、その築城の名人である清正が、慶長6(1601)年から七年間もの長い年月をかけて、精魂込めて作り上げたのが熊本城です。

そして、明治10(1877)年、鹿児島で挙兵した西郷隆盛率いる薩軍は、鹿児島から一路北上して熊本城を包囲し、攻撃を開始した。

世に言う「西南の役」、「西南戦争」の始まり。
当時、熊本城を守備していた新政府軍の統括責任者は、熊本鎮台司令長官の谷干城(たにたてき)。
谷は、もともと旧土佐藩出身で当時40歳。明治初年の戊辰戦争で軍功があったことから、明治新政府は当時士族の反乱が続発していた九州地方の要として、明治9(1876)年に谷を熊本鎮台司令長官に任命した。
薩軍が鹿児島で挙兵し、熊本城に向けて進撃中であることを知った谷は、ここで降伏するか、それとも抗戦するかの究極の二者択一を迫られた。
薩軍の兵力は熊本鎮台の兵力のおよそ三倍強。
また、当時熊本城を守衛していた兵士達の多くは、武士階級出身者ではなく、徴兵令によって徴募されていた実戦経験に乏しい者が多い状況であった。
 一方で薩軍は戦慣れしている歴戦の兵ばかり。
谷は苦渋の選択を迫られたのですが、ここで彼は籠城戦を取ることを決意する。
加藤清正が計算に計算を重ねて作り上げた難攻不落の名城・熊本城に籠れば、必ず薩軍の攻撃から守りきれるという自信が谷にはあったからだ。

薩軍との戦端が開かれる直前の日に、熊本城内で原因不明の出火が起こり、天守閣などの建物が焼失する緊急事態が起きた。
谷の落胆は非常に大きかったが、それでも彼は諦めず、獅子奮迅の働きで戦闘を指揮し、城内の兵士達を叱咤・激励し、薩軍に対し徹底抗戦の態度をとった。
熊本城に籠城し、谷を中心として結束した熊本鎮台は、それから約50日間もの長き間、薩軍の激しい猛攻を耐え忍ぶことになる。
谷の軍人としての類稀なる資質、そして清正が作り上げた難攻不落の名城・熊本城。この二つの要素が重なりあい、そして一体となって、谷は薩軍の攻撃を完全に防ぎ、熊本城は史上最大の危機を乗り切ることが出来たのです。

薩軍の攻撃に耐え、ようやく新政府軍の援軍が熊本城に入城した際、谷は次のような歌を詠んでいる。

「石なれと 固く守りし かひありて けさ日の御旗 見るぞうれしき」
谷と熊本城は、まさに石のように硬く一丸となり、熊本城を守り通したのだ。

元会社のデザイン部の先輩(男性)と学校の後輩(女性)が、結婚し熊本の長嶺に住んでいました。
一昨日、連絡が取れ安堵しました。
直ぐには、お手伝いにも行けませんが、「石となって」乗り越えてほしいとただただ祈るだけです。


2016年4月17日 18時50分31秒 (Sun)

◆染みる

◆染みる今朝ほど、ロビンズブログを見ていつも声援をくれる学生時代のマネージャー(同級生)から、「染みる」画像をメールで頂いた。

「心に染みてこそ、体験は生きる」と掛けてある1週間前の、日めくりカレンダーであった。

身に染みて解る。
練習と試合では一つのプレーが別物になる。
試合モードでの練習への取組不足が露呈する。
練習のための練習では、「ダメ」なのである。

試合で通用する、心とスキルは今までの練習での取り組みでは通用しないと解ったこと。
染みて解った事を明日に生かしてほしい。

いつも見守っていてくれる事と励ましに、感謝です。
心に染みます!

2016年4月16日 20時20分35秒 (Sat)

◆勝利の女神を呼ぶもの

◆勝利の女神を呼ぶもの謙虚に負けを受け入れることが、次につながる。

下しか見てなかったから、上にあるチャンスに気づかない。
左しか見てなかったら、右にいる友達に気づけない。
後ろしか見てなかったら、前にある未来が見えるわけがない。

見落としたり、気づけなかったりするだけで、人生は、大きく変わる。

ちょっとだけのことなのに…

そんなことを考えると、人生の、ゲーム的な要素は否定できないなぁ、と思う。
だからって、キョロキョロ見ていれば、ちゃんと見つけられるわけでもない。

心が定まらないのも、視野が狭すぎるのも、
チャンスから程遠いことになる。

先週仕事で失敗した…。
昨日、辛いなことがあった。
今日、悔しいことがあった・・・、としても。

周囲でいくら否定的な見方があっても、自分がそれにつぶされないで、次のチャンスを見つけられればいい。

どんな失敗をしても、辛いことがあってもうつむかないこと。
そこから、成長するために!
そこから、強くなるために!
また、女神と出逢うために。

2016年4月15日 22時26分16秒 (Fri)

◆勝負を前に・・・⑥

◆勝負を前に・・・⑥明日は感謝の心をもって闘えるか・・・が大切になります。
ベスト4に残ったチームはどこも、「勝ちたい!」「勝たせてください!」と試合に臨みます。

4チームとも「勝ちたい」の思いは同じ。
勝たせたいと願う思いも同量。
ならば、違う思い(重い)を胸に秘め闘うのです。

「勝ちたい」という思い(重い)が同量なら、プラスできる思い(重い)は今日までの感謝の念です。

抽選で勝ち上がらせて頂いたことはの感謝。
日々、支えていただいた方々への感謝。
綺麗なユニフォームを準備してくれた、家族への感謝。
早朝より、グランドの準備をしていただくであろう、瀬田北中の皆さんへの感謝。
などなど。

勝ちたい気持ちに差がなければ、その感謝の思い(重い)が多いほど、自らのチームに力を頂けると信じます。
選手も、親御様も、スタッフも明日にグランドへ入るとき、すべてのことに感謝を込めて、深い礼で入場しましょう。
そこから、戦いを始めましょう。
謙虚に!
謙虚に!

野球の神様の感謝!



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