2018年5月 アーカイブ
2018年5月22日 23時25分11秒 (Tue)
◆見上げた空
前日までの雨が嘘のように晴れあがった20日、日曜日の練習会場。8時30分頃、東の空を見上げるとまるで「ブル―インパルス」の航跡のような飛行機雲が眼前に現れた。
琵琶湖から西へ、反対に西から琵琶湖を越えた航跡は美しく放射状に引かれた。
琵琶湖上空は、航空路の銀座と呼ばれるほど多くの飛行機が飛ぶと聞く。
空気が澄み、よどみない真実の空。
毎日曜日の朝には、ほぼ同じ時間に飛んでいたのだろうが、はっきり見通せたのが10年も通うこの朝が初めてでった。
いや、何度もあっただろうが見上げる余裕すらなかったのかも知れない。
透き通った空に描かれたその飛行機雲は閃光を放ち、若い選手たちをまぶしく照らした。
かじ取り役の我々は、パイロットのような全能の眼を持ちたいと心新たにした。
澄み切った「眼」で活動を俯瞰できるように。
2018年5月17日 0時03分55秒 (Thu)
◆鉄人逝く
我々の少年期に活躍された野球人の訃報が今年になって続く。4月23日、大腸がんのために死去した元プロ野球選手で広島カープに所属した衣笠祥雄氏。
ほとんどのメディアで「鉄人たる・紳士たる」彼を語る物語として語り継がれるであろう二つの話をこの「球魂」に掲載しておきたく、周知の内容を記しました。
衣笠祥雄、生涯広島東洋カープで活躍した、京都が誇る野球人である。
2215試合連続出場という不滅の記録を持ち、ファンからは「鉄人」と呼ばれ、愛された。
テレビ好きの私は狙ってその番組を視聴した。
4月29日放送、日本テレビ「Going! Sports&News」。
現役時代に衣笠氏と幾度も対戦した元巨人・西本聖氏がVTRで登場。衣笠氏の野球人生を語るに欠かせない、1979年8月1日の広島対巨人戦での出来事についてコメントした。
この日、1122試合目の連続出場となった衣笠氏は、西本氏との対戦で背中にデッドボールを当てられ、肩甲骨骨折というケガを負ってしまう。バッターボックスの上で倒れて動けない衣笠氏を見て、誰もが連続出場は途切れるものと思った。
現在61歳になった西本氏は、この時を「とんでもないことになってしまったなと。頭が真っ白になりました」と振り返るも、この投球で乱闘騒ぎに発展したことから、衣笠氏は「大丈夫だ。お前は危ないからベンチに帰れ」とまず対戦相手の西本氏を心配したという。
すると、その翌日、衣笠氏は代打で登場。
江川卓氏と対戦して三球三振に終わるも、ケガを感じさせない三度のフルスイングを見せた。
西本氏は「最初のスイングはファンのため。
2つ目のスイングは自分のため。
3つ目は西本君のため」という衣笠氏の言葉を紹介すると、「この言葉に驚きというか。
自分の名前が出るとは思ってないですから。心配しなくていいと。俺はこんなに(バットを)振れるんだから」としみじみ。
ここでも西本氏が自責の念に駆られることのないよう気遣った衣笠氏。「あの言葉が僕の野球人生を変えていってくれた」という西本氏は、「すごく感謝しています」と亡き鉄人に謝辞を述べた。
もう一つの話は江夏豊との関わりだ。
78年に広島に移籍した江夏は、衣笠氏との親交が始まった。
2人の関係を代表するのが、語り草になっている「江夏の21球」だ。
広島が初の日本一に輝いた79年、近鉄との日本シリーズ第7戦。広島1点リードの9回裏、クローザーだった江夏氏は無死満塁の危機を迎えた。広島ベンチは延長に備え、ブルペンに投手に準備をさせた。
これを見た江夏氏が「この野郎!何でオレの後に投手をつくるんだ!」と冷静さを失った。
ここでマウンドに歩み寄ったのが一塁を守っていた衣笠氏だった。
「お前がやめるならオレもやめてやる」。そう声をかけられた江夏氏は「生え抜きのサチが…」と感激。
これで落ち着きを取り戻し、カーブの握りのままスクイズを外す投球を見せ、名場面を生んだ。
「あの苦しい場面で自分の気持ちを理解してくれるやつが1人いたんだということがうれしかった。あいつがいてくれたおかげで難を逃れた」と、のちにそう話している。
訃報を聞いた、長島茂雄が衣笠祥雄に贈った最後の言葉は「nice guy(ナイスガイ)」であった。
2018年5月16日 1時31分38秒 (Wed)
◆ロビンズの母
先日、母の日の2日前、ロビンズ卒団生のお母さんから嬉しいメールを頂戴した。「仕事帰りの駅でロビンズのリュックを担いだ少年を見つけました。思わず、ロビンズさん!頑張ってね!と声を掛けました。選手はニコッと笑って元気にすがすがしく返事をしてくださいました。」・・・と。
選手は、昨秋の卒団生でこの春から高1。
志望校で新たな野球部で練習帰りのOB選手であった。
「高校の専用バッグがまだ出来上がらないため、ロビンズのバックを背負っていたのでしょう。いつもお声がけありがとうございます。」と返信させて頂いた。
また、高1になっても、持っていてくれたロビンズ愛も、とても嬉しかった。
そのお母さんの息子さんはもう数年前に卒団され、立派に成人さていますが、我が子が所属している時と同じくらいいつもいつもロビンズのことを心にとめて、見守っていてくださいます。
今までに100名以上の選手と出逢いその倍の親御さんともご縁を頂いたことになります。
「見守って頂く」事で一つのネットワークが形成され地域に根ざしたチームとなって育っていくことを願う次第です。
しかし、そんなこととは真逆のケースもあると思います。
皆がみんな同じ思いで居られる訳でもなく、ご縁がアダになった方々もありました。
創部当時から「挨拶はファン創り」を唱えていながらファンになってもらえなかったのは、やはり人間としての器の無さなのかなと反省ばかりです。
生身の人間だからこそ、心が腐る前に「ご縁に感謝し続ける」ことを復唱した。
「見守って」頂いていることに感謝です。
2018年5月11日 22時50分35秒 (Fri)
◆蜃気楼だるま
私は時間の許す限りTVを観ます。主には各局のニュースの見比べがほとんどであるが、大好きな番組にNHKの「鶴瓶の家族に乾杯」がありVTRで楽しんでいる。
このGWに帰省できなかった私に「7日の鶴瓶の番組は高岡だよ」と田舎の同級生からLINE連絡があった。
「ゆるーい」内容に、少し帰省した気分になれた。
そして4日後、11日(金)朝、ニュースで富山県氷見市から「だるま朝日」の写真が紹介された。
富山湾の蜃気楼は有名だが・・・・・夏場のそれとはちょいと違う!?
海面水温と気温の差が大きくなることで光が屈折し現れる現象です。
10日夜にかけて日本列島上空を通過した寒気の影響に加え、天気が回復して放射冷却現象が強まったため、11日の氷見市は最低気温が4.9℃まで下がり、4月中旬並みの冷え込みになり、一方で富山湾の海面水温は最も低い時期に比べて5℃前後上昇しており、この時期としては比較的温度差が大きくなったため出現したとのこと。
一方、富山湾でこの時期から夏にかけて見られる有名な蜃気楼は「上位蜃気楼」と呼ばれ、冷たい海水の上に暖かい空気が流れ込むことで見られるといわれています。
学生の頃、夏合宿では氷見の海岸まで良く走らされていたが、蜃気楼と遭遇したことは一度もない。
そんな余裕もなかった。
夏には灼熱の太陽の下、「陽炎」が立つグランドで練習に試合に熱く取り組む選手の向こうに、中学野球であれば「横浜スタジアム」、高校生であれば「甲子園」への夢が蜃気楼のように乱反射して映り、そして消えていくのだろう。
それでも、夢を追いかけて・・・夏を迎えるのです。
この「朝日だるま」の「だるま」にかけて、7回転んでも8回起きる。
それも、ただでは起きない選手になってほしいと願う。
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