2018年8月 アーカイブ

2018年8月30日 23時02分56秒 (Thu)

◆甲子園の名将 木内幸男

img_20180901-110010.jpg夏の甲子園100回大会は大阪桐蔭が優勝し、史上初の2度目の春夏連覇、甲子園春夏通算7度目の全国制覇を果たした。
甲子園の春夏通算優勝回数が元PL学園の中村順司監督を抜き歴代最多となり、若くして、名将と呼ばれるにふさわしい監督となった。
高校野球において「名将」とされる監督に、上甲正典、高嶋仁、蔦文也、中村順司、尾藤公、馬淵史郎、渡辺元智、前田三夫、坂口敬三、小倉全由らがいるが、私は木内幸男ほど印象と記憶に残る監督はいない。

ほとんどの「名将」が例外なく猛練習で選手を鍛え上げその力で相手をねじ伏せていくことを目標しているのに対して、木内は選手が自分の采配を理解してついていけるような状況判断やサインプレーなどいわゆる「野球の頭」を鍛えることを重点に置いていたように思う。
戦術の妙や試合の流れを読む能力という面ではプロ・アマを含めた野球界でもトップクラスといわれ、その采配は「木内マジック」と称され、熱狂的なファンは全国に多かった。

選手起用は独特で、先発投手は意表を付いたものが多く、選手の交代も激しい。
また、盗塁やスクイズのような機動力を駆使した采配も得意だが、むしろ無謀ともいえる強攻策を仕掛けることのほうが目立っていた。
これは博打を打っているのではもちろんなく、自軍の打撃の勢いや相手の投手の調子を把握し、試合状況的に「バントをさせに」棒球を投げてくることなどを読んだ上で仕掛けていたのでもあったようだ。

2003年夏の決勝でもダルビッシュ相手に無死一塁から強攻策を仕掛けた時、テレビ解説者はと批判的なコメントをしていたが結果は一死後に3本の長短打がでて一挙3得点であった。

選手の指導法は選手を、「けなし倒し」て育てることでも有名。
「ダメなやつはいくら頑張ってもダメ」「やる気ないならやめちまえ」が口癖。
もちろんこれは本心ではなく、そこで「ナニクソ」と反発心が生まれることを期待するものである。
それまでのレギュラーをベンチメンバーから外し、甲子園大会の直前になって戻すという荒療治も時々行なっている。
そのため、その年のチームの雰囲気にもよるが闘争心と感情表現をむき出しにしてプレーする選手が多かった。
今なら、流行りの「パワハラ問題」になりかねない。
そして、楽しみだったのが勝利監督インタビュー等における茨城弁での受け答え。
「私は何もしていません。全て生徒たちが頑張った結果ですから…」などが、定番で茨城弁丸出しで愛嬌のある語り口は「木内節」として高校野球ファンに親しまれた。
また、歯に衣着せぬ物言いで試合を論評するのも特徴で物議をかもしたことも多かった。

しかし、あらゆる人智を尽くして天命を待つ「名将」として好きだった。
名将=個性と知性の相関。
時代が作り、時代が許した名将だった。
選手権大会100回を積み上げてきた、一番面白い時代の中心にいた監督だったのかもしれない。
今大会をどのように観られたか、お話を聞きたい思いである。

 

2018年8月18日 22時25分00秒 (Sat)

◆我慢力、金足農

img_20180818-131644.jpg
高校野球の怖さに、身体が震えた。
第100回全国高校野球選手権・準々決勝、第4試合。
金足農が劇的な逆転2ランスクイズで近江にサヨナラ勝ちし、84年以来34年ぶりの4強入りを決めた。
1-2で迎えた9回裏無死満塁。斎藤璃玖内野手(3年)がカウント1-1からの3球目をスクイズ。
三塁手が処理し一塁に送球する間に三塁走者に続き二塁走者も生還した。
鮮やかな2ランスクイズであった。

近江は17年ぶりとなる4強進出まで目前に迫りながら敗れ、全国制覇の夢は破れた。
近江は2-1とリードした後も八回に無死一、二塁、九回にも無死一、二塁と突き放すチャンスを迎えたが、金足農を支えるエースの吉田から追加点を奪えなかったのが、残念な痛恨の逆転負けとなった。

試合後、近江の多賀監督は語った。
「うちがどうこうというより、吉田君の気迫と金足農さんの全員野球が(自分たちを)上回った。吉田君はランナーが出るとギアを上げる。あの凄い気迫は素晴らしい」と脱帽した。
さらに、「うちもこれだけの大観衆の中で、これだけのゲームが出来たことを感謝したい」と思いを述べた。

そして、金足農・中泉一豊監督は「まず同点だと。無死満塁からスクイズは本来ないんですが、選手を信じるしかない、決めてくれると思いました。血が沸き興奮しました。我慢、我慢をしていればチャンスは来るんだなあと思いました。」と、東北人らしく我慢強い選手たちの戦い方を噛みしめていた。

高校野球は何かが起こる。
特に最近は、終盤負けているチームに球場全体が逆転を促す雰囲気を醸し出す。
球場が一体となって空気を一変させた・・・・・数年前の「あの試合」からだと記憶する。
今年は100回大会を盛り上げる、好ゲームが多い。
近江-金足農、「100回大会のあの名勝負」と語り継がれるであろう。

 


2018年8月16日 22時10分56秒 (Thu)

◆ボランティアの覚悟

img_20180816-022344.jpg尊いひとつの命を救った救助ボランティアのニュースがお盆に伝えられた。
山口県周防大島町家房に母親らと帰省し、12日午前から行方が分からなくなっていた2才児を(2)を大分県からボランティアで駆けつけた尾畠春夫さん(78)が15日朝に近くの山中で発見し救助した。
救助した尾畠さんは大分県内で60代なかばまで鮮魚店を経営されていたが、各地で災害が起きるたびに足を運び、遺品探しや泥かきに汗を流され、11年の東日本大震災では発生当初から約2年、宮城で復興活動。
16年の熊本地震や昨年7月の九州北部豪雨、今年の西日本豪雨が発生した際も被災地に駆けつけられた。

今回の捜索を思ったきっかけを「13日朝に起きて新聞見たらまだ行方不明だっていうから慌てて荷物まとめて一般国道通って現地に行ったんです」とTVで語られた。
現在は国民年金で生活している尾畠さんは「いろんな考えがあるけど私は最低の物を食べてでもボランティアはさせてもらう」と語られていた。

さて、「ボランティア」をある辞書で調べるとこうある。
「新しいボランティアは、従来の一部のエリートによる救貧型の縦型ボランティアに対して、助け合い型の横型ボランティアであるとされ、その活動は、ボランタリズム(自発主義)、公共性、互酬性、有償性などを特質とする組織的・システム的活動であるとされる。また、企業においてもフィランスロピー(慈善的社会貢献)が主張され、経済至上主義ではない、新しい市民社会の創造のための社会貢献が志向されるようになってきており、これも注目されるところである。」と記される。
姿勢として活動の手伝い・補助的スタンスは否めない。
しかし、今回の尾畠さんは捜索本部に正式に申し出て、ご家族にお挨拶し支援に入られた。
それは、ボランティアと呼べるものではなく「人命救助」であろう。
そして多くの経験を備え「名前」を呼び、「子供は山へ上がる」心理を読み、あの沢で遭遇した。
何かに導かれたとしか。
我々はチームに関わる中で、「ボランティアで指導・運営されているのですか・・」と言われる。
『ボランティア』と今回の「救助」はかなり違う。
しかし、チーム運営は実は「ボランティア」と言われるほど、甘いものではない。
その責任と覚悟は、重い。
スタッフとしてボランティアのボランティアになっていないか?
覚悟のほどを考える必要がある。

このお盆15日に、甲子園の戦没者追悼のサイレンに眼を閉じ、救われた幼児の命と重ね合わせ、今、当たり前のように野球ができることに感謝している。

 

2018年8月14日 8時05分30秒 (Tue)

◆1年生のびわこCUP

img_20180816-000335.jpg8月10日から開幕した、第8回全日本少年軟式野球クラブチーム選抜大会は13日福岡県代表の2チーム、古賀BBCと那珂川BBCの決勝戦となり、古賀が昨年の久留米の続き2年連続で福岡に優勝旗をもたらした。
全国の予選を勝ち上がった各チームは、高いチーム力で猛暑の中、「単独クラブチームの日本一」を決めるべく白熱の試合を展開した。
2枚看板のエースを誇る、全試合完封の優勝チーム。
高校生級の驚愕打球の猛打チーム。
鍛え上げた守備力で守り抜くチーム。
ベテラン監督の包容力で一体感のチーム。
今年も選手たちの心揺さぶる熱戦で、素晴らしい大会となった。

我がロビンズは今期1年生7名となりこの大会の予選「D.マルエス旗」から出場できなかった。
学ぶため、最終日の準決勝・決勝をスタンド観戦し、うち準決勝1試合のボールボーイを差せていただいた。
ベンチ横で何を聞き、何を視て、何を感じ、何を学んだか?
歓喜・涙・汗・・・・、魂まで視えたか?

感じない選手は伸びないと私は経験上、思います。

明日からの、「覚悟の野球」に繋がればと願う。
トップチームの先輩選手から、ガチンコの戦いの場で「熱いもの」学んだはずである。

2018年8月9日 22時20分25秒 (Thu)

◆皆勤校の誇り

img_20180809-132145.jpg 
5日の第100回全国高校野球選手権記念大会の開会式では、1915年の第1回大会から欠かさず地方大会に出場してきた皆勤15校の主将が、入場行進する全国56代表校を先導した。
先導したのは、鳥取県・鳥取西と米子東、愛知県・旭丘と時習館、岐阜県・岐阜、京都府の西京、山城、同志社、大阪府・市岡)、兵庫県・関西学院と神戸さらに兵庫、和歌山県・桐蔭、島根県・大社と松江北の8府県15校の主将。
第1回大会開幕試合で勝利した歴史を持つ鳥取西の浜崎瀧大郎主将(3年)が先頭を歩き、14校の主将らが「ありがとう これからも」「本気の夏、100回目。」と書かれた横断幕を掲げた。
選手たちは「皆勤は歴代の先輩たちのおかげです」。
時習館の林哲也監督(46)は「100回の重み、伝統を感じることが出来た」。4日には大阪府枚方市内のグラウンドで、1、2年生の部員らが同じ皆勤校の市岡、桐蔭と初めて交流戦をした。時習館と市岡は、1953年の選抜大会で対戦した縁があり、林監督から交流を申し出たところ、以前から市岡と交流戦をしていた桐蔭も交えての試合が実現した。
林監督は「100回皆勤は15校しかない。ご縁をずっと続けていきたい」とコメントを残した。

しかし、何よりも素晴らしいのはユニフォームの神々しさ!
シンプルで美しい!

会社の先輩に山城高校野球部出身の方があり、吉田義男を尊敬し、母校愛にあふれる方でもある。
皆勤の誇りと守り続けてきた「精神と美しいユニフォーム」に感心した。



 

 

 

 

 

 

 


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