2020年3月 アーカイブ

2020年3月26日 1時25分32秒 (Thu)

◆運命を変える五輪

◆運命を変える五輪オリンピックへの道なんて、思えば奇跡の積み重ねだ。
肉体的な適性と精神的な適性。
毎日の練習とそれを許す環境。
潤沢な資金。
優れたコーチとの出会い、家族の理解・・・。
そのひとつでも欠けたら奇跡の条件はそろわない。
そして最後に「強運」という味方を引き入れてこそ、初めて選手はその夢の舞台に立つことができるのだ。

その、オリンピックが向こう1年後に延期となった。
こうなると、人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶオリンピックとなる。

選ぶ、選ばれるっていうことが、生活のなかには多々あって、
選ばれて辞退することもあれば、選ばれても、その後に、必ずしもそれにふさわしく生きるとは限らない。

だから、選ぶ、選ばれるっていうのは、大切なステップだけれど、
もっと大切なのは、選んだ後に、選ばれた後に、どう生きていくかってことだと思う。

注目されること、ほめられるようなこと、評価されるようなことには、ぜひ、選ばれたいと願っています。
けれど、選ばれる人は限られている。

オリンピックでは選ばれる人は限りなく限られたエリートである。
選ばれる人は、特別な人。
そして、それぞれの種目において、金メダルを獲れる人は、たった一人。

それも、自分で努力し、選ばれた人だけだ。
選ばれるってことは、そう簡単ではない。

選ばれるまで、選ばれた後にも、自分の生き方が試される。
そんな気がします。

でも、選ばれることって、たくさんありますから、あることに選ばれなくても、それがすべてではない、ということも忘れない方がいい。

アテネオリンピック女子マラソン金メダリストの野口みずきさんが言っていた。
「努力しない奴に奇跡は起きない。」と言えども、今回の開催延期で運命が大きく変わる選手が出るだろう。
悔しいかな人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶオリンピックとなるといっても過言ではない。

2020年3月24日 19時33分06秒 (Tue)

◆島国の叡智

◆島国の叡智司馬遼太郎の集大成に「この国のかたち」という本がある。
「密閉・密集・密接」を避けよ、との「お上からのお達し」でロビンズ活動も自粛中に、古いこの本をまたまた読み返した。

数年前のNHKスペシャルでも放送された、司馬遼太郎思索紀行 【この国のかたち 「島国;ニッポンの叡智(えいち)」】でも司馬のメッセージが日本人の姿を映しだした。

辺境の島国という立地は、日本文化の形成にどう寄与したのか?
司馬は辺境ゆえに海の向こうの普遍的な文化に憧れ、強い好奇心を育み、独自の発展を遂げたと繰り返した。
鎖国下の江戸時代、「暗箱に針で突いた小さな穴」と例えた長崎・出島から外国文化を貪欲に吸収したことが、明治以後の近代化の支えになったという。

『この国のかたち』は、昭和61年から司馬が急逝した平成8年にかけ、文芸春秋で連載されたエッセーで、
日本の風土や文化、宗教、組織論など幅広い分野を、司馬が独自の視点と平易な文章で考察している。

司馬遼太郎だったら今の日本を「斜」に見て、どう考えるのだろう、という思いが以前からあった。
『この国のかたち』には、今のコロナ禍そのことへの「心の在り方」「精神の立て方」などのヒントが隠されていると感じていた。

彼のその本からは「外国からの異文化の取り込み」と「日本人の内面を作る精神」という、大きな柱が見えてくる。
司馬は同書でこの日本を形づけたものは。海の向こうから来る普遍的な文化への憧れが、強い好奇心や独自の文化を導く原動力となったのでは?
と指摘した。

今、このコロナ禍。
海の向こうからもたらされたという好奇心は無いが解明されない恐怖心がある。
感染力は強い、しかし処方は未だ完成していない。
陸続きの欧州では爆発的な感染からパンデミックとなり、離れた大陸から世界中が鎖国政策に打って出た。

司馬なら、どう考えるだろう。
彼なりの「日本の普遍的文化」を柱に、聞きたいところである。
コロナ禍の疫病は「禍い転じて、福となす」ことはまず無い。

渡来したものの中で、スポーツ文化のBaseballもその一つ、今日まで積み重ねた歳月で「Baseball」と「野球」を異文化と言えるほどに日本は「魂」を入れ、昇華させ「福となった」。

渡来したコロナ禍。
昇華されるものは、処方の奇跡と防染対策の教訓だけであろう。
島国の水際対策も出入り口の多さと慢心で完全に後れを取った。

「ニッポンの叡智」の結集で、今が「感染恐怖ゲーム」の中盤であれば、後半に向けセットアッパーからクローザーに繋ぎゲーム終了へと緊張感を維持するしかない。
勝利宣言するまで、「日本人の内面を作る精神」を磨き、慎重な活動で対処するしかない。


2020年3月22日 16時37分36秒 (Sun)

◆春の出会い

◆春の出会い春に楽しみな出会いがある。
ロビンズの新入団生選手である。

人生、60年も生きてきても後から気付くことばかりである。
伝えておきたいことを綴ってみました。

【後で気づくこと】
後悔して身に染みる「勇気の価値」
負けて初めて知る「努力の大切さ」
親になって感じる「両親の大切さ」
傷ついてわかる「友の素晴らしさ」
失って気づく「当たり前の有難み」
いつだって本当に大切なことは、後から気付くものです。
大切なものを見失うときたいてい自分のことばかり考えています。
あなたが踏み出すその一歩に、どれだけの人が支えてくれたのかを忘れてはいけない。

そして、一歩を踏み出したあなたに、人々は大きな力をくれるはずです。
覚悟を決めた自分を信じて、仲間を信じて、一歩づつ踏み出して行こう。

新入生の皆さんにはちょっと難しいかもしれませんが、ロビンズは「ちょっとだけ前倒し」の指導をしています。
[心]礼節。挨拶の腹落ち、生活習慣、青年として、野球人として、人となるために・・・などを
[技]技術。基本の大切さを指導のなかで徹底し、高校野球に繋がるセオリーとテクニックを前倒しで伝えます。
[体]身体。ご両親にいただいた身体。磨くことの大切さを前倒しで伝えます。

人は、先に気づくことは、至難の業です。
経験が無ければ、強い心も正しい心も準備できません。
だから、「指導者」が居るのです。
指導者も優・劣はあります。
結果だけに一喜一憂することなく、未来に導けるかが大切です。

肝心な指導内容に品性を保てなければ、言っていることやっていることは正しく伝わりません。
指導者も、学び続けなければなりません。
そんな時代です。
選手は後悔を残さないように、すべて前倒しの心がけで取り組んでほしいと願います。
一緒に、磨こう!

2020年3月17日 1時19分00秒 (Tue)

◆感じる・気づく

◆感じる・気づく私は野球においてもそれ以外でも「感じる人間、気付く人間が勝ちを制する」とまで、思っています。
この世で、最も尊いものや、最も美しいものは、簡単に見たり触れたりはできません、心で感じ、心で気づくのです。

「感じないこと、気付かないことは罪である。」と、大打者・名捕手であり名将であった野村勝也さんも公言した。

もちろん、「考えるスポーツ」である野球においては、感じなければ話にならない。
気付かなければ前に進めない。
そして「進歩もなく、成長もしない」とまで、おっしゃった。
1週間前、捕手道具を洗濯した。リフレッシュした道具を、昨日の自主トレ練習時に使ってくれている捕手がいた。

尋ねた。

[私]・・「何か気付いた?」
[選手]・「はぁ?いいえ。」
[私]・・「前と変わったところない?」
[選手]・「いいえ、別に。」
[私]・・「そのレガーツ(すね当て)、美しくない? 臭いもないだろう?」
[選手]・「あっ、ホンマです。すみません。ありがとうございました。」と。

いやいや、洗濯したことを褒めてもらいたく、君に声をかけた訳ではないよ。
気付かなかったのは、さほど美しくなっていなかったのかもしれない。
ドロドロのバッグは泥が落ち、壊れたチャックの引手も引きやすいようにグリーンの5㎝くらいのリボン引手を付けたハズだ。
バック内に溜まった砂や泥は、すっきり無かったろう!?
スペアのセットもきれいじゃなかったかぁ?
リフレッシュネタ満載の捕手道具の変化に気づかないのは、チョイと辛い。

野球の試合中なんぞは、そのすべてが「騙し合い」「駆け引き」ばかりです。
ストレートと見せかけて、変化球。
走る気なしと見せかけて、盗塁。
送りバントと見せかけての、バスターエンドラン。
それらの動きには、ベンチとのサイン交換から必ず予兆がある。

打者の意図はバッターボックススタンスや握りの位置にも出てしまうもの。
それらの変化に気付かないのは、「罪」と言える。
結果、まんまとやられ、敗因へと繋がるからなのだ。

私も若いころは、感じない・気付かない「ヤツ」と一緒に野球をするのは面白くなかった。
アイ・コンタクトとか、以心伝心とかで繋がった時は、笑えるほど楽しかった・・・・・。
インテリジェンスを感じた。
素敵だった。。

今の君には、いろいろ気付く「鋭い」選手、相手にとってはいろいろ感じる「嫌な」選手になれる要素は十分にある。
早くから、それに気付くことはいいことなのだ。

まずは、「気付いていないこと」に気づこう!

2020年3月15日 20時06分28秒 (Sun)

◆嗚呼、センバツ

◆嗚呼、センバツ2020年の第92回選抜高校野球大会は新型コロナウイルス感染拡大を受け、中止となった。
1924(大正13)年に創設された選抜大会が戦争による中断(1942―46年)を除き、予定していた大会を中止するのは初めてだ。
関東大震災の翌年に始まり、阪神淡路大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)でも復興をテーマに開催してきた歴史がある。
戦後「白球飛び交うところに平和あり」が合言葉だった。

出場を決めていた32校の球児たちに歓喜の球春は訪れない。
高校野球のかなしい日となった。

夢が消えた彼らの胸の痛みはいかほどか。
今回の大会中止は、戦争で明日の見えないような状況とは違う。
球児たちは甲子園への「貸し」を、この先いくらも取り戻すことができるハズだ。

「高校野球は教育の一環」という「原点」を繰り返した高野連会長・八田英二は「選手には苦渋の決断をしたということをご理解いただきたい。厳しい決断があるということをわかっていただくことも、人格形成の一環と思います」と話した。
長い人生である。
このかなしく、悔しい今は、八田会長の「想いの先」は考えられないかもしれない。
しかし、この日の経験を生かしてほしいと強く願うのは、酷だろか。

以前、講演会での興南高(沖縄)監督・我喜屋優の言葉を思い出す。
「たとえ甲子園で優勝できたとしても、それは一瞬の輝きでしかない」と著書にも書いている。
「それよりも部活動を通して何を学んだか、学んだことを次のステージで、どう活かせるかのほうが、よほど大事なのだ」と。

甲子園ばかりが人生ではない。
慰めにはならないだろうが、甲子園に出た、出なかったなど、人生から見れば、小さなことなのだと肩を抱いてあげたい。
野球を通じ、日々の練習を通じて、自らの人格を磨き、どう豊かな人生を送っていくのか。
そこに甲子園の心はある。
涙が乾けば、「貸し」を取り戻しに立ちあがってほしい。

この原稿を打ちながら、涙が心の深いところからあふれてきた。
嗚呼、センバツ!

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