2020年10月 アーカイブ

2020年10月28日 0時00分08秒 (Wed)

◆ハードタックル

◆ハードタックル彼の勇気を応援したくて、ラクビ―競技会場へ車を飛ばした。
錦秋の希望ヶ丘運動公園の山並みを背景に、明るい日差しを浴びる「Z高」、試合前のウォームアップで赤いヘッドギアのチームを発見した。

コロナ禍で、入場できない競技場を恨みながら、山を背後に外から、遠巻きに「彼」を探した。
黄色いシューズが目に痛い。
歩き方に覚えがある。
肩幅の広い選手・・・至高のチャレンジャーがいた。

さあ、ホイツスルが鳴り「Z高」の風下で始まった。
素早いタックル。
センター13番のステップで切り裂いた先制トライ。
同点で後半。
ホワードのドライビンビングモールなどで、合計4個のトライを重ね勝利した。

「彼」は右ウイングで出場、14番。
動きは昨日まで野球の一塁手だったので、まだまだ堅いものの「声」はピカイチ。
指示もラインの後方から的確で、自らのポジショニングも状況に合わせ工夫していた。
・・・・・ラグビーを勉強したんだろうなと感心した。
一朝一夕に身につくことではないが、すでに頭に中にはインプットされている。
たいしたものだ。

約45年前、高校野球の監督に「お前たちは頭で勝て!」と言われた。
実戦経験は少ない分、学べ! 考えろ! 工夫しろ!という事だったのだ。

初めての公式戦、緊張の中、さらに成長し自信を得ただろう。
試合で実践した経験は豊かな心で大きな青年になる素養は十分だ!

手前みそながら60年生きてきた自分に大きく深く影響を与えて下さった方に「岡本太郎」先生がいる。
仕事で3年ほど、ご一緒した。
その頃は20代中ごろ、先生も70代。
担当となった私はこれを機会に同僚らから「チャレンジャー」と呼ばれた。
何故かというとみんな「岡本太郎」を怪物・奇人扱いし怖がっていたからだった。
おかげで、私は岡本太郎先生に「ハードタックル」に近い接触プレーを交わし、当時の同僚と比べ多くを学んだ。
「Z高の彼」の場合は恐怖と痛みを伴う「ハードタックル」でチームプレーに貢献した。
素晴らしい。

岡本太郎先生の名言は多いが、一つ文末に紹介します。

「自分が何をやりたいか、
何を伝えたいかが分かっていたら、
技術は後からついてくる。」
- 岡本太郎 -

アスリートであれば、技術を「テクニック」と呼ぶことと「心」と呼ぶことですべてが繋がるような気がする。

2020年10月2日 7時07分55秒 (Fri)

◆至高のチャレンジ

◆至高のチャレンジチャレンジを忘れないロビンズOB・8期生選手の記事紹介が9/28日の日刊スポーツの電子版に掲載された。
読後、還暦のおじんに熱い血潮が湧いてきた。
私も高3の野球部引退後、ラグビーに憧れたが、当時膝に怪我があり、更にハードな接触プレーに恐怖を抱いていたこともあり一歩引いた経験がある。
8月に、ブロブで紹介したOB選手がいる。
近江高校で背番号を勝ち取り、滋賀県N0.1投手になったのもロビンズ8期生の選手であった。
花の8期生と呼ばれるにふさわしい、意志の強い選手が多かったのだ。
これからに人生でも、チャレンジ精神を培い、育んだ彼らは「花の」にふさわしい生き方をしてくれるだろう。


……以下、日刊さんの原稿です……
<花園100回 公立進学校の挑戦:中>
12月27日から大阪・花園ラグビー場で行われる全国高校ラグビー大会は第100回を迎え、すでに9月から各県の予選がスタートしている。今年の全国大会は記念大会として、例年より12校多い63校が参加。近年は私立全盛の時代が続くが、出場のチャンスが増えた公立進学校に焦点を当て、3回にわたり連載する。第2回は進学校で滋賀県立膳所(ぜぜ)高校を紹介する。
 ◇  ◇  ◇
滋賀屈指の進学校である膳所に8月上旬、丸刈りの新入部員が加わった。
WTB近藤慶佳(3年)は高校野球代替大会の滋賀大会で正一塁手。
18年センバツに21世紀枠で出場した野球部で甲子園を目指し、引退後に転身した。
7月の身体測定ではラグビー部の森祥太郎監督(29)に「180センチ超えだ。入部おめでとう!」と誘われ「森先生に引きつけられた」と笑った。
皇子山中時代に「どうせなら一番賢い学校に行こう」と膳所を選んだ。
志望大学は京大工学部。
ラグビーの経験は一切なかったが、昨秋のW杯日本大会でトライを決める各国WTBの姿に、憧れが芽生えていた。
常に目の前の欲に対し、後悔のない決断をしてきた。
親にラグビー部入りを相談すると「どうせやるんやろ?」と返ってきた。もちろん覚悟は決まっていた。
「正直な話、受験は失敗しても後がある。でも、ラグビーは今しかできない」

デビューは入部3日後の練習試合。
最初は勢いで向かったタックルだが、技術を学ぶと、足が前に出なくなった。
「むっちゃ怖くなってきました」。
それでも野球仕込みの「声」は大外から、よく通る。
SOのキックパスをキャッチすれば、駆け寄る仲間が自分のことのように喜んでくれた。
膳所高ラグビー部は87年度に花園初出場。
八幡工の1強に風穴をあけた。
02年度に3度目の出場を果たして以降は遠ざかり、現在は選手22人のうち経験者が1人。
それでもOBが無償でBKコーチを担い、多くの卒業生が練習に顔を出す。
手厚い支援は、期待の大きさを示す。
新型コロナウイルスの影響による休校が明けた6月。
3年生9人全員が受験勉強へかじを切るため、退部の意思を示した。ラグビー部OBの森監督は強い口調で訴えた。
「3年生として、何か残したんか? 膳所高校でやりきったことを言える人間か?」
京大経済学部志望のフランカー梶原響主将(3年)が「ここまできたらやるしかない」と残留の意思を固め、5人が続いた。近藤が加わり7人。
赴任3年目の青年監督は思いを込めた。
「近藤は大きな体を生かして、ゲインする。
『大学でもラグビーを続けたらいいのに』と思います。
部活は3年間しかない。極端に言えば、3年生のためにある。この秋、3年生がこれまで描いてきた絵を思い通り、ためらいなく、披露してほしいです。
その上で強いて言うなら…。結果にこだわってほしいです」
滋賀県予選初戦は10月25日比叡山戦。近藤は「自分ができることやりきる」と誓った上で、言い切った。
「その結果、花園の切符がついてきてほしいです」
夢を追えるのは、今しかない。【松本航】

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