2020年11月 アーカイブ

2020年11月26日 23時33分08秒 (Thu)

◆楽しければいい!?

◆楽しければいい!?「楽しければいい」というのは、捉え方によって変わる。

私たちが思う「エンジョイ・ベースボール」は、一般的なイメージとして「楽しい野球」ですが、私たちロビンズにとっては「野球を楽しもう!」です。

何が楽しいかというと、当然競技スポーツなので「勝つこと」が醍醐味ではある。
そのために自分の技量を上げて、チームも強くなり、その結果、勝利という果実が得られる。
結局、みんなが目指すところは「心技体、強くなる」と言うことです。

付け加えるとしたら、「より高いレベルの野球を楽しもう」という意識が持てるかです。
より高いステージで野球をして、そこで見える景色を楽しむのが、ぜいたくな野球の楽しみ方だと信じています。
学童野球であれば「全日本学童大会」、中学野球であれば「全日本少年大会」、高校野球ではやはり甲子園でしょう。
負けてもいいだなんて誰も思っていない訳で、純粋に勝利は貪欲に追求しているはずです。
しかし、懸ける思いの強弱は日々の在り方に出てしまいます。

物事を追求した先にしか見えない楽しさ、進んでいったことでわかる「心の変化」というものがあります。
中学生野球はこれを体感できるチャンスがゴロゴロあると思っています。

週末に集まって適当にボールと戯れて、友たちとおしゃべりして、たまにみんなと何となく試合して、「あぁ~あ! 勝てない」で終わっていないですか?

日々の練習が積みあがって来ないので、「優勝させて頂けるレベル」には到底達することはできない現実が垣間見えます。
一体感を感じない動き。
理解度は上がらず、進歩しないけれど時間ばかり経過し、目標としている本番がやってくる。

その時になって初めてわかる。
全然バットが振れてない、チームの士気は上がらない。
他のチームから「何あれ?」と嘲笑されて終わる。

あれ?

楽しければそれでいいと思ってたのに、なんで辛い思いをすることになってるの?
と、思い返して終わる。

「辛い」に本気の一を足せば「幸」になってくるのです。

「楽しければいい」という言葉は表面的なものにすぎません。
「自分が居心地良いと感じられる環境を整える努力や工夫をするのは面倒臭い」という身勝手な発想でしかありません。

何となく、誰かが環境整備をしてくれて、誰かがフォローしてくれると思っている。
自分のモチベーションを他人に任せてしまう姿勢がクセになってしまうと、他のどこの競技クラブに行っても、それどころか大人になっても、何をしても続かない人になる可能性が見え隠れします。
思わず、自身のこれまでに胸に手を当ててしまいますが・・・(苦笑)。

そして、何でもすぐに辞めてしまう人というのは、私の経験則ですが「環境が自分に合わない」「自分が思っていたのと違う」「もっと自分に合っているところが他にがあるはず」とすぐ言ってしまう。
すべて他人に自分の居心地良い環境を作らせようとしている勝手な発想を持っている人が、多かったように思います。

居心地良い空間は自分の工夫と努力で築き上げていくのです。

そして、我々スタッフは「野球が楽しい」というスイッチが昔のままで良い「押し加減」と「大きさ」で良いか否かのアップデートを常に意識し、気づける大人(指導者)でなければなりません。
自分で工夫し、努力して環境を整えていこうという意思を持っていかなければ居心地良い空間など生まれません。

ちょっと、重い話になりましたが、
苦難・困難が多い分、野球を楽しもう!

2020年11月17日 21時58分30秒 (Tue)

◆当たり前にあるもの

◆当たり前にあるもの何かを始める覚悟を決めたなら、努力を重ねるのは当たり前である。

一念発起は誰でもする。
いちよう、並大抵の努力までなら、みんなする。
そこでやめたら、ドングリの背比べで終わりなんです。
一歩抜きん出るには努力の上に「辛抱」という棒を立ててみるのです。
この棒に「花」が咲くのが見えてくる。


残念だが、努力しているから、すぐにいいことが起こるわけじゃない。
みんながみんな、努力している時には、特にそう。
みんなと同じ程度ではダメなのです。

抜きんでるのだ。

先般のミーティングで「中学生であること、家庭の一員であること、そして野球選手であること」で当たり前にしなくてはいけないこと、してることを野球ノートに筆記することを宿題としました。

「当たり前」は・・・・・・なんぼでもあるハズです。

そして、皆さんに問いかけます。
「当たり前」の反意語は、何ですか?

私の場合は昔から「感謝」です。
例えば、「空気」。
例えば、「弁当」。
例えば、「洗濯」。
例えば、「応援」。

気付いてやることと、やっていただいていることに気付くこと。

自らが出す当たり前と、受けることの当たり前に同じ「感謝」が宿ればしめたもの。
「辛抱」に納得がいく、腹に落ちる。
開眼すれば、隅々まで見えてきます。

努力が楽しくなります。
「辛抱」が当たり前になります。

2020年11月13日 22時10分54秒 (Fri)

◆視点を変えて!

◆視点を変えて!世の中にはたくさんの人がいる。
その数だけ世界を見る方法が違う。

特に激しく季節が変わる時期に様々な不安が見え隠れし、いろいろなことを考えてしまう。
例えば、
「この異常な暑さはいつまで続くのか?」熱波で死ぬのでは?とか。
「この体の変調は、一生なのか?」今までのように走ることができないのか?とか。
それも、人によっちゃ違う。

私は例えばお金を「それは使いすぎだ」と思っていても、相手は、まだまだ足りない、と思っている。かもしれない。
私は理由もなく不機嫌になってと感じていても、相手はあなたが悪いでしょ、とか考えている。かもしれない。

私はなんだかつまらないという印象でも、相手はこれは超おもしろい、なんて感じている。かもしれない。

人の感じ方は、そう感じるんだからある意味しょうがない。
そう見えるんだから、どうにもならない。
ただ、「その感じ方」「見方」が自分を苦しめるだけだとしたら、工夫次第で目の前の風景も変えられる。
という方法もあるのは事実だ。

他人は変わらない。変えられるのは自分だけ。
すべては、君の手のひらの中にあるのだ。

ほんのちょっとだけ工夫してみよう。
もう少し視界が開けるように。

添付の似顔絵は少年ジャンプのマスコットバイキングだが、角度を変えれば少女にかわる。
だまし絵の技法だが、少年から少女までの創刊時のコンセプトが隠されているのだ。

2020年11月11日 23時55分59秒 (Wed)

◆常に紳士たれ。

◆常に紳士たれ。「野球人は紳士たれ!」との信念から「紳士論」を選手たちに伝え、自身そうありたいと心がけてる。

それは「巨人軍は常に紳士たれ」のスローガンから引用するもので、私のオリジナルではない。

かつて正力松太郎という読売新聞社の社長であり経済界の怪物が唱えたものである。
会社経営だけでなく、日本のプロ野球リーグ設立にも尽力した。読売ジャイアンツの初代オーナーである。
実は同郷で母校の大先輩である。

彼はジャイアンツに対して、巨人軍憲章とも呼ばれる3つの遺訓を残している。
  一.巨人軍は常に紳士たれ
  一.巨人軍は常に強くあれ
  一.巨人軍はアメリカ野球に追いつき、そして追い越せ。

私は思う。
巨人軍憲章三訓のうち「アメリカ野球」は置いといて、「紳士たれ」と「強くあれ」のふたつに関しては別に巨人軍じゃなくても通用する社会通念なのである。

 『人は、常に紳士たれ』
 『人は、常に強くあれ』
「常に紳士たれ」とは、驕らず高ぶらず謙虚であれという、人としての心の在りようを示す言葉であるし、
「常に強くあれ」とは、肉体を強く健康に保てというこれまた自己管理の在りようを示す内容だ。

これが、昨今、巨人の選手の成長の足かせになるっているという、論者がいる。
要するに、巨人は常勝チームでなくちゃイカンとか野球少年たちの手本にならなくてはならんとか訳のわからん指導に結びつけるからおかしくなる。憲章そのものに害意は無いのだが・・・。

江川の空白の1日や桑田事件、薬物事件、原の1億円恐喝事、柿沢窃盗事件、山口俊殴打事件・・・・・実は紳士の片鱗も無い。
そもそも謙虚であれという指導が重荷であるならば、健康管理の自己責任すら重責であるとしたらば、じゃあ「職業野球選手」っていったい何なのよ?って事だ。
紳士的な野球選手の代表格は「昔・別当 薫、今・大谷翔平」と言われる。

さてアマチュアの現状は、その30歳前後がのびのび育てとの文科省の親心から生まれた「ゆとり教育」が子どもを授かる世代となってきた。
総じて論じることは避けたいが「のびのび活動」などとむしろ「自分に厳しくあれ」という気概がなく育って行く子が、ほとんどなのだろうか?

いま、選手に不足なのは、自分への厳しさです。
誰かが投げ勝ってくれるだろう・・・。
誰かが打ち勝ってくれるだろう・・・・。
誰かが・・・。

甘やかすばかりが、脳じゃない。
甘えるばかりが、脳じゃない。
他人にばかり厳しくて、自分に甘いのも最悪。

「オレが打つ」・「オレが押さえる」激しく心を呼び起こせ!
荒ぶるその覚悟よ目覚めよ。
常に前向きで真摯な選手と、紳士に野球がしたい。

2020年11月9日 23時22分45秒 (Mon)

◆ルースが見た日本人

◆ルースが見た日本人文化人類学者ルース・ベネディクト。
第二次世界大戦中、米国戦時情報局の依頼を受け、日本人の気質や行動を研究した学者である。
日系人や滞日経験のある米国人たちの協力を得て、日本人の心理を考察し、その矛盾した行動を鋭く分析し
書いた本があの有名なロング・セラー「菊と刀」がある。

『<矛盾>との見出しで、軍人を通して日本人を強烈に掘り下げ、以下のように書いている』
日本人は攻撃的でもあり、温和でもある。
軍事を優先しつつ、同時に美も追求する。
思い上がっていると同時に礼儀正しい。
頑固でもあり、柔和でもある。
従順であると同時に、ぞんざいな扱いを受けると憤る。
節操があると同時に、二心もある。
勇敢でもあり、小心でもある。
保守的であると同時に、新しいやり方を歓迎する。
他人の目をおそろしく気にする一方、
他人に自分の過ちを知られていない場合でも、
やましい気持ちに駆(か)られる。
兵卒は徹底的に規律をたたき込まれているが、
同時に反抗的でもある。

まるで、私のことを完全に観察されてしまっているようだ。

さて、ロビンズ選手をその活動日には2・3人の「ターゲット」を決め、朝から定点観測(人間観察)をしている。
ベネディクトのように、矛盾とか対比で見たことはないが、様々な体の抑揚、前後する立ち位置、心の持ちよう、揺れる感情、ただただ無精など、見えてくるものが大変尊く、選手の性格ややる気などを見極めるのに大切な時間となっている。

11期生を送り出した今、3年前を思い出した・・・。
毎日定点観測していた選手が、卒団する頃には気配だけでどう感じているかわかるようになってくるものです。
経験したことで準備力を増し、行動学的に美しく統一されていく。
100%「昭和」丸出しの、小生の価値観を解ってくれたと思っていることが、自己満足の何ものでもない。

戦後75年、ルースの云う<矛盾>は風土・文化度と相関し、時代とも相反を重ねていくにだろう。
今の日本人を見た時、選手気質を含め、どんな日本人が見えてくるのだろうか。

★ブログ(球魂)

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