2020年12月 アーカイブ

2020年12月31日 16時20分39秒 (Thu)

◆何を達成しますか

◆何を達成しますか何を達成するかは、ほとんどの場合、何を信じるかによって決まります。

わたしは新しいものが、かなり好きです。
特に好きなのが、大晦日から元旦です。
昨日と今日、同じ1日のはずですが、2020年から2021年に変わったという新しさだけで、心もワクワクしてきます。

その新しさを信じて、そこで変われるはずの自分も、ずーっと信じ続けられたら、きっと、来年は変われると思います。

数日としないうちに、あるいは半月も経たないうちに、信じることをあきらめさせるようなことがおそらく起こることでしょう。

それでも、信じ続ける、がんばることをあきらめない、そういう自分でありたいと思います。

昨晩、家内と二人で暮れていく年を振り返り、家族が増えたことに喜び、進歩の無い自分に反省した。
家族にとっての「ホントウの豊かさ」とは?という問いかけに、考えていました。

私にあるのは、失敗の連続という「豊かさ」です。
2020年は、仕事で10回どころか、100回も1000回も、失敗や残念なことがありました。

何度も何度もやり遂げたかった自分が、失敗の連続のおかげで、ささやかなたった1つの成功に嬉しくて泣けて
感謝できる「心の豊かさ」を育ててもらった気がします。

新年からも、失敗してますます豊かになるぞと覚悟を決めたが、失敗はしたくないのが本音です。

2020年12月27日 23時37分39秒 (Sun)

◆生かされ生きている

◆生かされ生きている生きるというのは、いつも宙ぶらりんなものだ。
私なんぞは、いつだって宙ぶらりんの状態だから、なにか問題やトラブルが起きればあたふたオタオタ。
そこをなけなしの経験やら知恵やらで、解決してどうにか波間を渡ってゆくのが人生というものだろうと思っている。

あわてず騒がずスイスイ泳いでゆく人生の達人などというものは、どこにもいないのだ。
人生、あたふたしながら、いろんなところにぶつかりもしながら、オモシロおかしく、そして楽しく生かされている。

どこにもぶつかることがないなら、スルーっと生きていかれるけれど、きっと、自分がどう生きているか、ってことも感じないかもしれない。

物事を気にしなくなった、という一つの状況があるとき、それは、気にするくらいのレベルじゃなくなった、という場合と、油断をして気にしなくなった、という場合があると思う。

何ごとも、気にしなくていいレベルのことばかりならいいけれど、そんなことばかりじゃない。
ああ、油断しちゃってた...という事態が起こる場合は、けっこう多い。

コロナ禍でクリスマス、年末年始のムードに、油断していた私は、昨日、「痛い!」目に遭った。
いわゆる「どんくさい」事である。

でも、スマートに生きているように見える人はたくさんいる、でも中身はそれほど変わりないかもしれない。
そう願いながら、なぐさめを得て「齢(よわい)六十一」、痛みを抑え、新年からもがんばるべ!

2020年12月8日 23時46分50秒 (Tue)

◆信じる

◆信じるいろいろなことが万事順調にいってるときに、
やっている事、やってきたこと、考えめぐらせてきた事を信じるのは簡単だ。
けれど、困難・苦難・災難・非難・・・、なにがあろうとも信じてこそ、本当に信じると言えるのだろう。

奇跡のように思えることが、人生で時折起こります。
とても、感謝したい気持ちになります。
ロビンズ体験練習での出会いも「奇跡」ですね。

「野球」という共通項だけで出会えているのです。
しかし、振り返ってみれば、いつもいつも奇跡だったのかもしれない...という気がしています。
気づき次第ってことなのでしょう。

「災難・非難」は避けたいが、「困難・苦難」は、どんと来い!!
「難」が有るから、「有難い」になり、
「難」が多ければ、「めちゃくちゃ有難い」になります。

「難題」を前向きにとらえ、信じ、解決することに挑めば有難いことがやってくると信じている自分がいる。

2020年12月1日 0時06分21秒 (Tue)

◆食うべからず

◆食うべからず小さいころ、「働カザル者、食ウベカラズ」との戒めをたとえに家族の小さな歯車となって、家事を手伝っていた。
昭和40年代前半、私が10歳前後、春には山菜取りと筍掘り、夏には畳みを上げての大掃除、秋には収穫物の積み下ろし、冬には雪囲いから始まり降雪後の雪かきと季節ごとに役目があった。

家族の一員として「当たり前」のことを当たり前に行っていた。
そして、4人兄弟の末っ子の私は兄弟に負けず「ご飯」をかっ食らった。
知らぬうちに、日々の作業で体幹も胃袋も鍛えられ、工夫をめぐらし、知恵も授かった。

職業軍人の父親が終戦後、帰還し23年を経過した春に他界したが、それらの家事は時代とともに軽減され便利な時代と呼ばれる日本になっていった。

「働(はたら)かざる者(もの)食(く)うべからず 」は、もっと働けの意味ではなく、何事も怠けてはいけないとの意味であろう。
徒食をいましめる言葉。
リモコン一つで、すべてが起動する。
「アレクサ」たるや言葉を読み解き、召使よろしく、電気をつけたりしてくれる。
何と不精でなまくらな、時代か!

食事についても「噛まなくてもいい時代」が来るのか?

今は、「もっと食べなさい!」と言われる時代です。
競争して、ガツガツガンガン、汗かいてもりもり食べよう!
胃袋を鍛えよう!

躰を作るすべては「食事」なのだ!

今の戒めに直せば「食ベザル者、野球スルベカラズ」なのかもしれません。
それは、ハラスメントとなるのでしょう。



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