2022年10月 アーカイブ

2022年10月21日 0時17分53秒 (Fri)

◆自信とは

◆自信とは「自信って、自分との約束を守った量のこと。」という、言葉を見つけた。

その昔、甲子園で当時最強で「逆転のPL」と言われたPL学園の選手達が打席に入る前や塁上で「胸元のPLの文字」を握りしめる姿が多く映し出された。
なんか、お守りでも握って神頼みでもしてるのかと思っていた。
Perfect Libertyを理想とする神学校だからかと、何か「清々しさ」とは遠いなと感じていた。
その数年後、某複写機メーカーのセミナーで元監督となった中村順司氏の講演を受講した。
終盤、質疑応答のタイミングで「なぜ選手たちは、打席に入る前や好打の後にユニフォームの胸を握るのですか?」「何かお守りでもあるのですか?」と・・・・・
答えはこうだ。
「お守りが入っていたかは知りませんが、胸で復唱していたのは日本一の練習をしてきたことを思い出し、逃げ無かった自分は絶対に結果を出せるのだ!と奮い立たせていたのでしょう。」とのコメントだった。
「自分を越えてきた自信でしか、勝負できないと・・・」

横浜高校・松坂と夏の甲子園で死闘を演じた、上重、本城、田中一徳らがいた年代が前の年の秋季大会で改修前の皇子山球場を訪れ外周でランニング中での礼節(清々しい挨拶)は私の心をつかんでいた。

練習は嘘をつかない。
やったやったと、嘘をつくのは自分だ。

2022年10月18日 0時24分08秒 (Tue)

◆愛想つきた役者

◆愛想つきた役者歌舞伎のなかでも、もっとも華やかでめでたい興行が「襲名披露」である。

当代一の役者、十三代市川團十郎襲名というのだから、歌舞伎の世界でもっともめでたい行事になるはずだが、次々と不祥事が続き、役者衆を含め贔屓筋(ヒイキスジ)からもこれほどの不人気な興行は初めてだ。
名優、大御所、先輩の役者衆が皆できるならば、「この襲名披露興行にかかわりたくないと思っている」と聴こえてくる。
理由は海老蔵の日頃の行跡が歌舞伎界にとってひどく迷惑だった、という一点にかかっている。

IT時代とはいえ、SNSを通じ贅沢三昧の私生活を日々流し続け、自己正当化と自己承認欲求ばかりを充たしてきた行為には、心ある人々は眉をひそめてきた。
江戸歌舞伎の中心にすわる市川團十郎を継ぐのであれば、もうすこし芸道への悩みとか歌舞伎への志を発信してしかるべきなのに、何時までたっても歌舞伎を見たこともない、テレビのB層と呼ばれるミーハー相手の生活情報垂れ流しや、歌舞伎十八番を商標登録して独占しょうとの企みでは、長い間成田屋を支えてきた贔屓筋(ヒイキスジ)もガッカリするばかりだ。

「海老蔵はアホウだ」と斬り捨てるのは簡単だが、日本の伝統演劇である歌舞伎が共倒れでは元も子もない。
勧進元の松竹もだらしがない。
「市川團十郎襲名」の筈なのに本人は「市川團十郎 白猿」を名乗っている。
それならば初代であり、十三代の襲名にはなりません、と言えるプロデューサーがいないのだ。
そんな我儘を許しては伝統は崩れていく。
週刊誌には「今や騒動がオハコ(十八番)海老蔵・團十郎襲名に「大御所」辞退続出!」 とかかれているようだ。
コロナが襲う2年前裏話で大御所たちの「共演辞退」をちらほら聞いた。
さて、延期した襲名披露興行が11月から始まるが、襲名披露を喜んで報道するのは、亡き女房の勤務先日本テレビと無知の司会者によるワイドショウーくらいだろう。
本当の歌舞伎ファンは泣いている。

なぜ、筆者がここまで書くのかは、彼が中学生だったころの「新之助」時代の素行を見ていたからだ。
先代團十郎丈とのご縁で奥様(現海老蔵の母)の堀越希実子さんと30余年前から仕事をさせて頂いた中で、たびたび目黒のご自宅兼稽古場(今は売却)を訪れた際の彼の「礼節」の無さは酷かった。
そのまま、子もでき、愛妻を失い、40歳を越えた訳だ。
先代團十郎丈は人間性の豊かさと大名跡としての覚悟の芸は輝き、主役を演じさせて頂いているという謙虚さがあった。
それに惚れ込んだ贔屓筋(タニマチ)も多かった。
お母さんの希実子さんも当時30年前には「躾」が厳しいように見えたが、本人が年を重ねる毎に距離をあけた。

昨今、おバカなTV番組で「私はいままで叱られたことはありません」と広言する茶髪タレントが登場するが、なんのことはない親が親の責任を果たしてこなかっただけのことかもしれない。
子供に対し躾ける言葉をもっていない、「子供の好きなようにのびのびと育てています」と発言する親には子供の将来像に対する想像力が欠けている場合が多い。

子供の望むように育てたから、ニューヨークでプータローのような旦那を抱えて苦労する娘になった「元妃」。
子供の望むように育てたから、愛妻が癌になっても祈祷師のところに駆け込むような役者に育った「白猿」。

幼い子供は可愛いいが「カワイイ、カワイイ」を呈することではなく、厳しい言葉や正しい諭しが最大のプレゼントになることもある。
子供は人間よりもまだ猿(白猿)に近いのだから、身体を躾けなければ人間にならない。
つくづく、家族の愛についてあまりにも無責任な社会になっているような気がする。

しかし、襲名記念品のご用命を受けた弊社も贔屓筋(ヒイキスジ)であるが、本気で喜べない心理が深くにある。
これを境に、人間として大名跡を極め、愛され謙虚な役者となることを祈るばかりだ。
親ではないので祈るばかりだ。

贔屓筋から愛されよう!
ロビンズ戦士!
力を頂けるファンを創ろう!

2022年10月14日 17時31分14秒 (Fri)

◆半殺し? 皆殺し?

◆半殺し? 皆殺し?物騒なタイトルだが、美味しく平和な話題である。
「御萩」と「ぼたもち」についてのこと。
春の彼岸にはぼたもちを。
秋の彼岸には御萩を・・・・・と昔から決まっている。

春には大輪の牡丹が咲くので牡丹餅、すなわち「ぼたもち」。
秋にはたおやかな萩の花に因んで「御萩」。
一応ぼたもちは「餅米」、御萩は「うるち米」となっているが、もとは一緒だったという説もあり、である。

さて主題は主役の小豆、秋収穫間もない新鮮な小豆は香りもよく皮も柔らかいので、「御萩」のあんは素材を生かして「半殺し」の粒あん、
春の「ぼたもち」には、保存していた小豆を使うので硬い皮を除くため「皆殺し(全殺し)」のこしあんを使う。

あんこの外に、きな粉、ごまなどもあるが、個人的好みとしては「粒あん」の「御萩」が好きだ。
近頃はいろいろに工夫されて、チーズやらクリームの御萩もあるときくが、どうも付き合いかねる。
海の近くには海苔御萩などもあるというが、せいぜい「胡麻御萩」どまりとしたい。

文化も食する「爺い」としては、ここでも野球用語で「アウト」を「死」と翻訳した正岡子規を思い出す。
野球の試合や練習では「殺伐」とした言葉がそこかしこで耳にする。
「刺せ」「殺せ」「盗め」・・・怖い怖い。
怖い言葉があるから、紳士であり、人としての礼節を大事にしたい。
おおむね「皆殺し」は「トリプルプレー」、「半殺し」は「ダブルプレー崩れ」となるのかだろうか?

2022年10月11日 22時38分34秒 (Tue)

◆俳句プレバト!

◆俳句プレバト!空気が冷え始めると、生活の中で深みを味わうことに時間を確保したいと思う。
テレビ好きの筆者は、バラエティー番組ながら文化性を感じる『プレバト!!』が好きだ。
ざわつくクイズ番組と違い、肩の凝らないな教養番組と家で吠える。

特に「俳句部門」は事前に提示した1枚の写真を基に、著名人のゲストが作成した俳句を、夏井いつきさんの容赦のない毒舌で評価・添削する姿が痛快で学びが多い。
レギュラー出演との掛け合によって、全国的な俳句ブームを起こしたと言える。
2018年大晦日は、『第69回NHK紅白歌合戦』に、ゲスト審査員の1人として出演した。
俳人がの審査員に起用される事例は、昭和47年の中村汀女以来46年振りだったそうで、その文化貢献を認められたかたちだった。

私の師匠も俳人であった。
8年前に89歳で逝去された、服飾デザイナーの中村乃武夫先生。
1960年、日本人で初めてパリでファッションショーを行った。
70年の大阪万博の日本館のユニホームをデザインした。
今の上皇后さま(美智子さま)の衣装デザイナーを務めた方で、森英恵は後輩で三宅一生は師と仰いだ。
筆者は25余年間、仕事をご一緒した。
京都での仕事の時は、ほぼ毎朝「風情狩り」と称した、写真撮影にお供した。
その写真集の集大成と俳句集「春夏秋冬」の和本を秋の訪れで眺め返した。
一緒に散策した「京都・鷹峯の光悦寺」の一句と再会した。
あの時の、あの情景が浮かんできた。
・・・・17字に透過した情緒と感性をその仕事で場面で「不易流行」を教わった。

そして、Baseballを「野球」として翻訳し伝えた、俳人・正岡子規はこんな句を残している。
『夏草や ベースボールの 人遠し』
(なつくさや ベースボールの ひととおし)

また、現代の俳人・加古宗也は、
『甲子園 汗にじむ砂 玉として』
(こうしえん あせにじむすな たまとして)

さらに、小学生だった斉藤明は、
『秋ばれや バットにグローブ さしてゆく』
(あきばれや バットにグローブ さしてゆく)
 
句意は、天高く晴れ渡った日、今日は、少年野球チームの練習日だ。
バットの先にグローブを差し込んで肩にかけて、四方八方から颯爽と男の子たちが集まってくる情景が目に浮かぶ。

運動能力も文芸能力も人の成長を育むのに必要なものだと思う。

2022年10月7日 7時47分31秒 (Fri)

◆街角ピアノ

◆街角ピアノ9月の中頃、日中は猛暑日が続き、秋の気配もない熱帯夜の深夜なにげなくNHK-BSテレビを付けていたら、「街角ピアノ」が映し出されていた。
肩の凝らない映像をチョクチョク観てしまう。
寒さに驚いた昨朝に思い出した。

番組は取材と言うほどでもなく、定点観測のようなゆるい映像だったが、深夜の山岳映像のように環境テレビにはまっていた。
通りかかった子供が、♪ネコフンジャッタ♬。
酔いどれおじさんは思いがけず、♪マイウェイ♬。
若い頃はピアニストを目指していたのかもと思われる縦ロールのお姉さんは、♪ショパンの前奏曲♬。
愛の賛歌をひく白髪の後期高齢者……想像を超えた人々がピアノのまえに座る。

街角ピアノには置かれた場所の風土の特徴が見える。
渋谷には「シブヤ」なりの、新百合ヶ丘には「シンユリ」なりの人々と曲が演奏される。
四万十の公園ではハンガリアン舞曲が演奏され、遠くでJK女子がヒップホップで踊っていた。

2000年の12月3日、一か月に及ぶアフリカへの取材旅行の起点として訪れたパリの街角ピアノは、デパート「ギャルリー・ラファイエット」の正面玄関前で、ドビッシーを弾くヒゲの伯父さんがいたことを思い出した。

素人さんの街角ピアノを聴いていると、普通の人々の音楽、暮らしのなかの音楽が、音楽学校の音楽よりはるかに深く人生を奏でていることに気付く。
子供を抱いたお母さんの子守唄が如何に優れているかが判ってくる。

実娘が二人の孫を生み育てている日常に「子守歌」や「リズム」があり、その『同振力』と『抱擁力』に母親の凄さを感じる。
日常にある音楽鑑賞や芸術鑑賞、味覚賞味は、心を深く・豊かに・優しくさせることを、この歳になり気付く。
躰を鍛え、心を豊かに育み、感性も磨く・・・・、親子で『同振』『共有』できれば成長を見守る側としても楽しい!


★ブログ(球魂)

1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031

アーカイブ

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
QRコード
携帯用QRコード
アクセス数
ページビュー数