2023年2月 アーカイブ

2023年2月27日 19時00分59秒 (Mon)

◆連鎖のボーンヘッド

◆連鎖のボーンヘッド「ボーンヘッド」は最悪の緩慢プレーです。
例えば、プロ野球ならまだ1アウトなのに、外野フライで取ったボールをスタンドに投げてしまったという例もあります。
先日のオープン戦で、走塁時に打球を見て走っていながらオーバーランし、戻る判断が鈍く挟まれ、タッチアウト!
ギレードスチールを試み、前のランナーのホームインを誘うもサインの見逃しから、スタートのきっかけを失い、やすやすタッチアウト!
アウトカウントを間違える、ベースを踏んでいないなど「頼むぜ!」という内容のものである。

そのようなうっかりミスをボーンヘッドと呼ぶ。
英語で「bone head」と書きます。
これを直訳すると、「骨頭」という意味です。
頭の中が骨ばかりで出来ていて「脳味噌」がないという辛い意味。

つまり、「脳味噌のないような間抜けなプレー」を意味から由来しています。
英和辞典ではさらに、こう書いている。
いやな言われ方だが、「ばか者、まぬけ、たわけ者」と「馬鹿」という意味全般で使われています。
あらゆるスポーツには「ミス」はつきもの。
野球ではエラー(トンネル・暴投・落球)は、出したくないが「付き物」で、失策・失投などの失敗はチームとして痛手だが、そこに全力があれば責められるものではない。

頭を使っていない、緊迫感の無い、間抜けなプレーを「ボーンヘッド」と呼ぶ。
以前に寄稿した「感じろ」「気付け」「考えろ」「行動しろ」の4Kの締まった頭でプレーしたいものだ。

ロビンズ戦士は生まれて13・14年しか経っていないため、経験則の少なさは否めないが、五感を研ぎ澄ませた緊張感は闘う者として最低限持ち合わせたい。
次の動きへの油断無き瞬発力を活かせる準備力が生死を分ける。
さらに自らの体内時計との相関で対応出来るかが、肝心なのだ。
せっかく、楽しい試合に臨んでいながらボーンヘッドを出してしまい「脳味噌のないような間抜けなプレー」と呼ばれるのは情けない。

人生のボーンヘッドを繰り返している、自身の胸に手をあてた。



2023年2月22日 18時35分29秒 (Wed)

◆背中で語る、ダル

◆背中で語る、ダルダルビッシュ勇が侍ジャパンに一体感をもたらし、成熟させている。
本人は「一緒に成長していけたら」と気負ってはいない。
しかし、「もう友だちと思っているので。ずっと長いこと一緒に過ごしている人と思って接するようにしています」と、練習中に後輩たちと語り合う姿が報道に溢れる。

「もう友だちだと思っている」。
年齢や実績などは全く関係なく、対等に接するフランクな振る舞いは、“近寄りがたい”という壁をなくし、自然と同僚たちを惹きつけている。

選手たちも口々にダルビッシュの振る舞いに尊敬の言葉を並べる。
戸郷が「技術を惜しみなく教えてくれるので本当にありがたい」と語れば、主砲として活躍が期待される村上も「言葉とかじゃなくて、本当にすごい考えて野球をやられている。勉強熱心ですし、見習っていきたい」と脱帽。

どんな選手とも打ち解けやすいように振る舞うための引き出しの多さは、まさに教本のようである。
これに同調するように栗山監督もダルビッシュの存在意義を強調する。
「本当に感謝しかない。若い人たちと話をしてくれながら、自分も学び、いろんなものを与えてもらっている」まるで“歩く教科書”。
チーム最年長として率先して行動するダルビッシュを中心に、いま、侍たちは団結を深めている。

栗山監督は「主将を置かない理由について」の質問にこう答えた。
年齢も実績も関係なく選手一人ひとりが“自分が主将なんだ。
引っ張らないといけない”と思えば、行動が変わると思います。
いろんな理由・状況を考えると、これがベストと考えました。
例えば会社員の方でも“自分が作った会社だ”と思えば仕事のやり方も変わる可能性があると思うんですよね。
「雰囲気について」のインタビューでも「以前取材していた第1回や第2回大会の時はものすごい緊張感が練習から感じたけれど、今は時代なのか、選手たちからワクワク・キラキラしたものを感じて、プレッシャーを楽しんでくれているように感じますね」と。

過去の大会でイチローや稲葉などの後ろ姿を見ていたダルビッシュ勇は、それ以上の大きな背中とふところで、世界一に何が大切なのかを説いている。
魂を揺さぶる試合・・・楽しみでしかない。
ロビンズ先輩選手たちよ・・・背中で語れ!

2023年2月21日 23時49分18秒 (Tue)

◆温故知新「球跡巡り」

◆温故知新「球跡巡り」面白い本と出合った。
1月末のラジオ番組で「球跡巡り」という新刊コラム本が紹介され、Amazonで注文するも届く日の「長かった・・・」こと。
それは日本野球機構の公式記録員として34年。一軍公式戦で現役最多となる1395試合のスコアを記した山本勉さんが、プロ野球の舞台となった後、時代とともに彼方へ消えた55球場を訪ね、NPB公式サイトで連載中のコラム「球跡巡り」を書籍化したもの。、
現役時代そこで活躍した選手のほか、審判や関係者、実際に試合を見た観客の声を収録。
野球ファンの郷愁をくすぐるとともに、プロ野球史を振り返る貴重な記録にもなっているもの。

後楽園スタヂアム、松山市営球場、平和台野球場、大阪スタヂアム、宇都宮常設球場、東京スタヂアム、香椎球場など、時代とともに消えた55の球跡(スタジアム)をたどった“もうひとつのスコアカード”となっている。
プロ野球公式戦開催全289球場一覧などのデータのほか、懐かしの野球場、世相を反映した貴重な写真も多数掲載している。
プロ野球ファンの我々世代より先輩ファンからすれば、記憶が蘇る懐かしいアルバムとなるであろう。
若い方には、昔話でしかないかもしれません・・・・・。

筆者の出生地と現所在地に関わる球場も紹介されていたが、歴史書のように拝読した。
①「26対0」と「両チームで14失策」が記録された 高岡工専グラウンド
②ベーブ・ルースが本塁打を放った日米野球の舞台 富山神通球場
③かるたの聖地・近江神宮に野球場があった 滋賀球場
④京都にプロ野球チームがあった? 立命館衣笠球場
⑤1試合13本塁打と完全試合の舞台 県営兼六園野球場

ロビンズ命名のヒントとなった「立命館衣笠球場」も新たな発見を得た。
野球に携わる者として、プロ野球黎明期の苦労と熱気はしっかり感受できた。
「温故知新」・・・消えた球場から、今を学ぶことも大切である。
一言、感謝に尽きる。

あと、後半の「コラム・トリビア」を残すのみとなった。
面白かった!



2023年2月14日 7時33分01秒 (Tue)

◆出会いへのセレンディピティ

◆出会いへのセレンディピティセレンディピティとは、「偶然の幸運を手に入れる力」のことです。
予想していなかったものが発見できたり、ひらめきによって新たなアイディアが浮かんだりします。
代表例はニュートンがリンゴの落下で「万有引力」を発見した「ひらめき」です。
創造の現場で仕事をしてきた筆者には「ひらめき」は大切なスキルだった。

セレンディピティには3要素があると脳科学者の茂木健一郎氏が説いていた。
以下の3つの「A」が大切で、その3つを回していくことでセレンディピティに出会える確率が高まるとされています。
Action (行動)
Awareness(気づき)
Acceptance(受容)
3つのAの中でも一番大事なのは行動です。
何もせずに待っているだけでは、偶然の幸運には恵まれないので、どんな理由、目的でもいいから、とにかく行動することが大切です。
行動の次に大切なのが気づきです。
幸運な偶然が起こっていることに気づかなければ、チャンスをみすみすと逃してしまいます。
3番目の要素は、acceptance(受容)です。
出会ったものが、自分の今までの価値観とまったく異なっているものであっても、それを受け入れてみると何かが生まれるといいます。
しかし、人間が予測できる範囲には限界がありますが、先の見えない現在の環境において、セレンディピティは大変重宝します。
偶然の引き寄せによって、今まで考えつかなかったような新しい出会いが生まれます。

ロビンズの体験練習にご尽力いただいた育成会の皆さんの心に感謝します。
そこに、献身と謙虚が相関し、新人選手のご父兄さんと野球を通じ新たな出会いが生まれました。
これは「セレンディピティ的・偶然」ではなく、野球への想いがもたらした「必然の出会い」なのだと思います。
出会った選手たちのキラキラ輝る、眼差しに身の引き締まる思いです。
必然の出会いに感謝です。

更に、セレンディピティを高める方法があると説きます。
①人とのつながりを持つ
「人脈は財産」とよくいわれますし、人と積極的にかかわるとセレンディピティに出会う確率も高まります。
相手や会話によって自分と違う考え方に触れられるからです。
②何事にも好奇心を持つ
さまざまな事柄に好奇心を持つと広い視野も伴うようになるため、ふとした瞬間にセレンディピティに出会い、それに気付けるのです。
③気付きを記録する
「メモを取る」行為によって、あとからセレンディピティに気付きやすくなるのです。
④チャレンジ精神を持つ
セレンディピティに気付いたら、自ら動いて一歩進む。
動いて初めて結果に結び付けられるのです。

哀れ、六〇歳もとっくに超えると、躰がついてこない今に歯ぎしりばかり。


2023年2月3日 17時50分57秒 (Fri)

◆節目の節分

◆節目の節分節分は雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。
節分とは「季節を分ける」ことを意味しており、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると信じられていたため、それを追い払うための悪霊ばらい行事が執り行われていた。

このブログで過去にも「節分」のことを多く書いていきた。
京都に住んでいたころ、毎年節目を大切にし詣でていた「吉田山の吉田神社」を思い出す。
多くの露店も立ち並び、節分前後の3日間に渡って節分祭が執り行われ、京都で最も盛大な節分祭である。
追儺式では黄金の四つ目の仮面を被り、盾と矛を持った「方相氏」が登場し、疫鬼を追い払う。
巨大な炉に火を点じ、古いお札やお守りを焚きあげる火炉祭は見るだけでも神聖な気持ちになります。

次に思い出があるのは御所近くの「廬山寺」。
おどる3匹の鬼を退治する追儺式鬼法楽は京都最古の節分会として知られる。
「鬼おどり」とも呼ばれるそれは、煩悩を表す3匹の鬼が堂内に登場。
松明や武器を持ち、踊りながら修法の妨げをする鬼を、護摩供の秘法、邪気払いの弓矢、豆・餅まきなどによって退治するユニークな行事。
鬼おどりが終わった後には、邪気払いされた白い鬼が人々の病気平癒や身体健全を祈ってくれる。
などなど、節分祭に込められた「邪気払い神事」は鬼の力を借りなければできないほど「厄介なもの」なのかもしれない。

昨今は、恵方巻の丸かじりは、行儀悪い!
恵方巻はセブンイレブンが仕掛けたマーケティング企画じゃないの?
豆まきした後の片付けが面倒臭い!
鰯(イワシ)なんて、美味しくない!
いわれには科学的根拠がない!
とか、かんとか・・・。

そういうことを言い出すことが「邪気」のかたまりなのかもしれない。
お金さえ出せば簡単に物が手に入る時代となってしまった今、それぞれの価値観でやり過ごしてしまう「祀りごと」「歳時記」などの、節目節目に何を感じ・気づき・考え・行動すべきことを見直してほしいと願う。
せっかく日本人として生まれてきた「関わり」を有難く心得る。
せっかくロビンズで得た「関わり」を前向きに心得る大切さも、活動の節目や節句の節目で改めることも大切である。

「邪気」とは・・・、人に害を与えようとする心。悪意のことであると訳されている。
「全ては子供たちのために・・・」の合言葉を価値観の基準に照らせば、「福は内、鬼も内」がいい。


★ブログ(球魂)

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