2024年4月 アーカイブ

2024年4月21日 10時45分26秒 (Sun)

◆悔しくて泣いたのか?

◆悔しくて泣いたのか?敗戦。
一つの夢を逃したからこそ、再び夢を逃さずにすんだと次戦後に言いたい。

生きてきた人生・・・1回限りのチャンスを逃してしまうこともある。
ガチンコの野球だったり、試験だったり、仕事だったり、告白だったり…

多分、誰にもあることでしょう。

悔しいばかりに、周りに当たり散らしたり、しばらく何も手につかなくなったり、生きる意味を失ったり…(大げさかな)
大きな夢ほど、失ったときのショックは大きいもの。
大きな敗戦から、2週間が空きリベンジの練習に寄り添ったが、「悔しさ」「リベンジ」「反骨」などなど・・・・追い掛ける者としての気概が、残念ながらどこにもみなぎっっていなかった。
集中しないTバッティング。
無駄話ばかり・・・。
一部の気の抜けた「お遊び」選手たちが、空気をよどませ練習の意義を見失わさせていた。

二度と同じ繰り返しをしたくないと取り組む選手たちとの二極化が出てきた。
そのダラダラに、何年振りかで、一括した!
「心から泣いたのか?」「今までの自分を振り返ったのか?」「優勝させてもらえる資格があるか?」と。

敗戦の絶望感を乗り越えて、立ち上がったときには、強い決心に変わっていることもある。
生きている限り、夢は何度でも、違うものを抱ける。

1つの夢について、チャンスは1回限りかもしれないが、これだけ広い世の中には、数限りない夢があるから歩み続けられる。

失ったら、しょうがない。
次を逃さないように、今からスタート。
叶えるのは、その強い決意だ!

2024年4月15日 17時50分27秒 (Mon)

◆なにが正しいかは・・・…

◆なにが正しいかは・・・…なにが正しいかは、後になってみないとわからない。

肝心なことは、後悔しないこと。
そのためには、全力をつくすしかない。

昨晩、待ちに待った、というわけじゃないですが、
5日前ほどに問題点を洗い出し、それに対する解決策を提案していたことにやっとメールが帰ってきた。

5日ほど時間が経っていることに、私としてはすでに、遅いと感じるところもありましたが、相手もよくよく考えていたのでしょう。
そこを責めるわけにはいきません。

返答は、だいたい、予測してましたが、こちらの提案には、なかなかウンと言えない状況のよう。
同じような問題状況を、何度も見てきたつもりの私だけに、その解決策に自信はあったのですが、保身に走られると、選ぶべきことも選べない、という現状が見えてくるものです。
何事も、新しく何かに取り組もうとする時、保身を考えに入れると、新しい何かのほうがだいたい捨てられてしまいます。
これまでやってきたことが、正解だったから、これからもずっと正解だ、と信じたい。

正解とは、近いところにあるのに、実際は遠いこともある。
これが原因です。

2024年4月8日 7時54分44秒 (Mon)

◆負けから這い上がる

◆負けから這い上がる負けは負け。
その圧倒的に大きな負けをムダにしないで教訓にでき次へ繋げられる人が、勝ちを導ける。

1つの大きな勝ちを得るために、何度も負けた経験から多くを学ぶ。
といえば、負けるのもなんだかカッコいいけれど、本当のところ、そんなに納得のいく負けなんていうものは、多くはない。
負けの積み重ねが、そのうち、勝ちにつながるかもしれないと分かっていても、
そんなに何度も何度も、負けることに耐える、っていうのは、みんながみんな出来るものじゃない。

だから、きっと、負けること、失敗すること、不快になること、そういうことにじーっと耐えられる人にしか、本当の勝ちは巡ってこないんだろう。

そういうふうに、人生では試されている。

何度も負けた先に、必ず勝ちがあるという保証はどこにもないけれど、勝ち以外の何か得るものもきっとあると思って、がんばっていけたら、それはそれでいいんじゃないだろうか。
大きな流れとして「勝ち」も不思議と転がり込む。

「負けに不思議の負けは無い」のです。
全て、必然。
野球の女神に「心の底」が見破られているのです。
技量・練習の取り組み・礼節の姿・挨拶の心・謙虚な背中・ゴミ拾いに努め・チームへの奉仕・人として…など、ちからいっぱい戦いたいならば、再度チームの周り、自分の周りを浄化し、再戦に臨みたい!

負けは負けだが、負けたくないために努力したか?
運営・段取り・準備・声かけが全力だったか、胸に手を当てる。
このままでは終われない。
やり残さないように、這い上がるのみ!

2024年4月6日 0時00分39秒 (Sat)

◆踏み出した17期生

◆踏み出した17期生自分が思ったことを、具体的に動いてみないことには、何も始まらない、っていうことを、人は誰かに教わる。
あるいは、誰かの姿を見て学ぶ。

わたし自身について言えば、きっと鈍かったんだろうなぁ…
憧れとか、願望とかを持つことは多くても、具体的にがんばるってことを、本当の意味で学んだのは、やっぱり中学生になってからだ、という気がします。

当たり前のことだけれど、進みたい方法を決めないことには、進んでいくわけがない。

「こうなったらいいなぁ…」
くらいの気持ちでは、物事は進んでいかない。
物事どころか、自分すら何も動いていない。
それに、自分が決めたところで、物事がそのように進むとも限らない。
だから、もしも、自分が何も動いていないことを何も不思議に思わず、また、何の意思表示もしていないにも関わらず、「思い通りにいかない」と嘆いている人がいるとすれば、その人が信じているのは、運とか占いみたいなもんだけかも。

もちろん、出会いとかには、運と呼べるようなものもあるかもしれない。
それだって、自分が何かを決めて、そこに向かってみて初めて、巡りあえるものでしょう。

進む方向に体を傾けることから始める。
これ、大切です。

頑張れ!新入生!!

2024年4月5日 0時02分59秒 (Fri)

◆ドキュ72時間のリアル

◆ドキュ72時間のリアル筆者は無類のTV大好き人間です。
報道番組や学芸番組も見るが、そんな頑固ものではない。
「街角ピアノ」も大好きと以前に掲載した。
至ってミーハーで、大好きな有働由美子が日本テレビを辞めて何処に行くのか気になったりもしている。
くだらないワイドショウに誘惑されることなく、何処かに留学しジャーナリストとして戻ってくれたらいちばん良いのになぁなどと、勝手に思いを描いている。

さて金曜日がくるとソワソワする。
原因はNHKの「ドキュメント72」だ。
今週から放送時間が早まる。
オロオロ。
洪水のごとき、低俗番組が押し寄せるテレビのなかで、もっとも優れたコンテンツだと思う。
如何にもつくりものの朝のドラマより、人を殺してなんぼのドラマにもまして凄い。

町へでて、普通の場所に72時間カメラをすえ、そこに来るひと、そこから帰る人、普通の人々の日常、非日常をとらえた定点観測のドキュメンタリーである。
そこでは普通の人々の言葉やつぶやき、愚痴などが主役であり、なんでもない庶民の言葉、表情が映し出される。

アナウンサーやら、俳優やらプロを感じさせる人は一切出てこない。
わずかに出入りする人々の状況を伝えるだけの最小のナレーションが挿入される。
無邪気な喜び、かみしめる悲しみ、暮しのなかのちいさな出来事、なんでもない日常に人生が浮かんでくる。
普通のことを主題にし、普通の人々を映像化したこのコンテンツは、今テレビが忘れてしまったリアルを見せてくれる。

毎日公園にきて、黙って座っている老夫婦……。
トラック運転手の二人連れがラーメンを食べながら、家で待つガキへの土産を見せる。
大病院の屋上庭園では、明日の手術をひかえた母が沈みゆく夕日をみている、その横に見舞いの娘……。
飛行機が見たい、という祖母を連れてきた空港のそばの公園の車椅子…… 等々。

もの言わぬ人々のささやかな一生が胸に迫まる。
……大変なのは俺だけじゃない。
よし明日から頑張ろう。
庶民のエネルギーにもなっている。

今日放送の国道沿いの小さなドライブ・インの72時間に素晴らしいドラマがある。
みんな力いっぱい生きている。

只今、大津予選の72時間前。
今日までの役割と貢献度を振り返り、勝たせて頂けるチームとなるよう磨き上げます。

★ブログ(球魂)

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