2025年11月 アーカイブ

2025年11月25日 16時24分49秒 (Tue)

◆泣き笑い、卒団

◆泣き笑い、卒団筆者には、座右の銘にしては長すぎるが、大切にしている言葉がある。

「人間、笑える時に笑っておけ。いつか泣く日がくるのだから。」
「人間、泣けるときに泣いておけ。いつか笑う日がくるのだから。」

人生は、いろいろなものに出会う。
人・もの・五感を刺激するもの・全力で取り組んだこと・・・・・。
それをどう思うかは、その時の自分の感じ方。
後になれば、また変わる。
見え方も、感じ方も、意味も。
それは、それでいい。

別れの時にしみじみ溢れだす感情がある。

先日開催の、16期生卒団式~三送会。
緊張アリ、爆笑アリ、感激アリ、感謝アリ、涙あり。

思い切り・・・・・泣いて、笑える奴が大好きです。

2025年11月20日 0時54分11秒 (Thu)

◆サヨナラ、いろいろ

◆サヨナラ、いろいろサヨナラには色々なものがある。
哀しいサヨナラもあろうし、ときにはありがたくて、せいせいするサヨナラもあろう。
盛大な送別の宴にて賑やかなサヨナラする者もあれば、誰に見送られることもなく一人でサヨナラする者もある。

長いサヨナラがあり、短いサヨナラがある。
いったんサヨナラした者が、照れくさそうにひょっこり帰ってくるのはよくあることだ。
そうかと思えば、短いサヨナラのように見せかけて、なかなか帰ってこぬ者もある。
そして、二度と戻ってこない、生涯にただ一度の本当のサヨナラもある。

筆者は別れ、というのは、一つの解放だと思います。

別れの瞬間には、寂しい思いを感じたとしても、時間が経ってくると、その解放感がじわじわと出てきて、ちょっと、せいせいとしてくるということも少なくない。

反対に、別れの瞬間には、やったーという解放感に満たされたものの、時間が経ってきて、寂しさがじわじわと来ることもある。

いずれにしろ、サヨナラは、哀しいことばかりじゃない。

長い目で見れば、ちょっとしたイベントにすぎない、と思える時が来ることが多いのだ。
ずーっと忘れられないサヨナラ、ばかりを増やしていたら、きっと、心がもたない。
そういうふうに考えれば、新しい出会いをしたい時には、何かにサヨナラした方がいい、ってことかもしれない。

ロビンズ16期生の「サヨナラ」がどうだったかは、君たちの将来次第だろう。
また、更に成長して一緒に語ろう。
男前になって・・・。

2025年11月18日 7時16分59秒 (Tue)

◆冬ごもり? 冬眠?

◆冬ごもり? 冬眠?連日、北海道・東北でのクマ出没件数増加から、痛ましい死傷二ュースが流れる。
餌が無い・・・、「冬眠」の準備ができない?・・・などと報道する。

クマは「冬眠」ではなく「冬ごもり」ではなかった?

「冬ごもり」とは、寒い冬の間、動物が巣や土の中にこもって活動を控えたり、北国の人が家の中で過ごしたりすることを指す。
「冬ごもり」を動物の生態で観ると、寒い冬の間、動物が巣や土の中などにこもって活動を控えること。
クマは冬眠ではなくを「冬ごもり」が正しいと思う。
また、人の生活で観ると寒い冬の間、人が家の中にこもって過ごすことを指す。
社会的問題の引きこもりとは違う。

『動物の冬ごもり』は・・・
クマの冬ごもりは、飲まず食わずで3~4ヶ月間、浅い眠りの状態で過ごすことを意味する。
これは食料が少なくなる冬を生き抜くためのエネルギー節約の手段。

『人の冬ごもり』は・・・
昔は、食料の備蓄や寒さ対策をして、冬の生活を屋内中心に最適化することが「冬ごもり」だった。
現代では、寒い冬を家で過ごすというニュアンスで使われることが多い。
雪国では、戸外に出ずに家で過ごし、春を待つ切実な心情を表すこともある。

●「冬眠」とは恒温動物が体温を低下させて冬季を過ごす生態で外部の温度にかかわらず体温を一定に保つ動物で、哺乳類と鳥類が該当する。
●「冬越し」変温動物が冬季に不活発な状態で過ごすこと。
温度変化に応じて体温が変動する動物で、魚類、両生類、爬虫類、無脊椎動物などが含まれる。
●「穴持たず」 冬ごもりをしないクマを指し、空腹から人を襲う危険性が高いとされる。

呼び名はどうであれ、イラつき、腹を空かし「ザワついているクマ」が街を徘徊するその恐怖は筆舌に尽くしがたい事でしょう。
何故、恐怖なのか?!
それは、相手のクマは生死をかけた「必死」だからなのだ。

我々が挑んでいる「野球」の必死と並べても仕方ないが、・・・・・。
「冬眠」前に、食を蓄え眠らず、
「冬越し」時期に、活発に知恵を巡らせ、
「穴持たず」として、様々な修羅場で貪欲に身を鍛える。

必死のレベルを、クマから学ぶこともある。

2025年11月17日 14時12分58秒 (Mon)

◆カキフライ始めました。

◆カキフライ始めました。会社時代、いっしょに昼食を摂っていた京都の友人から「大戸屋のカキフライが始まった!」とのメールがきた。
もうそろそろ牡蠣フライが食べたくなっているだろう、という親心が身に滲みる。
家内や娘は、オナカをこわすといって手を出さないが、日本の洋食やの冬の大定番が「カキフライ」である。

11月23日が「牡蠣の日」らしい。
近頃では食事処の表に「牡蠣フライはじめました」と貼紙など見つけるとうれしくなる。
はじめるのは「冷やし中華」だけとはかぎらない。
街の定食屋も頑張って、カキフライを日本の冬のグルメに押し上げて欲しい。

カキをフライにするという知恵は、東京銀座「煉瓦亭」に始まる。
1901年明治34年というからかなりの歴史である。
明治の人々は牛丼からカキフライまで、次々と外来食をにほんの食文化に転嫁してきた。
日本人の味覚と風土になじむよう工夫したのだろう。

日本人のアイデンティティーを第一に考えた日本人らしい日本人だった。
海外出張で、食の都パリへ行っても、ボストンのオイスター・ロブスターレストラン「ピア・フォー」に行ってもカキフライは食べられないかった。

パリではこの季節になるとオイスター・バーやビストロの店頭に生牡蠣がならぶ。
銀色のプレートのうえに砕いた氷をひきつめ、その上に輪を描いて「ナマカキ」が並ぶ。
1ダース12個が基準、ひとつ牡蠣を手にとり、ケチャップを少し、タバスコを振り、レモンを少しかけ、吸うように食べる。
店頭の立ち食いもあるし、店のなかでゆっくり食べてもいい。
ナマカキののど越しと季節感が満足させてくれる。

今までの海外出張で、危険度の高いものを仕方なく食べてきた。
仕事で訪れたパプアニューギニア、ベトナム、ブータン、中国、カメルーン、マリなど・・・・・デザインの源流を探る旅での「ゲテモノ」を頂いた時も、一度も「中った(アタッタ)」ことはおかげ様で、皆無である。

強い躰に生んでくれた母親に感謝しかない。
しかし、日本の古典的な「おつけもの」だけは、頂けません。(悲)
ロビンズ選手よ、胃腸も筋トレ(菌トレ)が必要だよ。



2025年11月1日 18時15分58秒 (Sat)

◆1番のポテチ

◆1番のポテチ最近しばらく忘れていたお菓子のポテチにめざめている。
今から40余年前、仕事で毎週、東京の演出家の先生の事務所に通っていたころ、休憩時間はコカコーラとポテト・チップスだった。
あの頃は「コカコーラには毒が入っている、ポテチの油は工業用の油であげられている。」などあらぬ噂が流布されていた。
外来菓子コーラやポテチへの故なき都市伝説になっていたのかもしれない。

それ以前に、初めてジャガイモに感動したのは、札幌のホテルだった。
レストランの朝食に、ジャガイモの茹でたヒトツにバターが添えられてでてきた。
包丁は入っていない。
皮をむいたジャガイモが丸のまま皿にのって傍らにバターのサイコロが控えている。
なるほど北海道とガテンし、二つに割ったジャガイモにバターをのせて頬ばった。
……あの時の美味さは忘れられない。
今でも人生最高のジャガイモは、札幌のホテルの朝のあのジャガイモである。
 
あの美味いジャガイモを超薄切りにし、かつ、油で揚げる、その効きすぎた塩味があまり気に入らなかった。
そんなことを想っているうちに、湖池屋のいろいろ、カルビーのいろいろ、プリングスのいろいろとポテチの世界は拡大につぐ拡大、気が付いたら柿の種、煎餅・おかきを追い越してお菓子の王座についていった。

昔の仲間からこれどうぞと戴いたのが、「菊水堂のポテトチップス」。
素朴なパッケージというより、なにも考えていないといった風情の…工場から直接お届けします、というコピーのついた120g、直火焼き連続チィプフライヤーなる仕掛けがどういうものかよく理解できていないが、とにかく素朴な埼玉県は八潮市にある菊水堂のポテチは美味い。
塩醤油から黒トリフまである近頃のポテチ界では、出色のそのもの味の優れもの、当分はこの菊水堂でいこうと決心している今日この頃である。

「もう、歳なんだから、塩味・油は控えなさい!」との愛情と一袋全部を食べてしまう背徳感は、「やめられない止まらない」なのです。
ロビンズ 戦士よ!野球も、やめられない止まらない! かな?

★ブログ(球魂)

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