2025年12月 アーカイブ
2025年12月26日 15時46分55秒 (Fri)
◆パンダ要る?
パンダはいらないと、筆者は思う。上野動物園が久しぶりに賑やかになっている。
日本にレンタルされているパンダが中国にお帰りになるので、「カワイイ!」 のにどうして?という日本人が殺到しているらしい。
中国から借りていることに、「カワイイ」だけで終わらなかった。
パンダは友好の使者として、外交のカードをかざし、さらに工作員の隠れ蓑として日本にきているといわれて永い。
その上、派遣先にとんでもない金銭を貸出料として要求している。
「カワイイ」パンダが「気の毒で可哀そう」に思える。
黒柳徹子が「私はパンダ博士よ~」といって何百万の本を配って以来、日本人の脳ミソはすっかり洗脳され、友好のしるしとばかりパンダに殺到した。
中国の政治的貸与物という事実なのに、お気楽なお花畑の日本人が多すぎる。
高市首相が、例えばという注釈つきで説明した台湾有事発言に対し、狂ったように日本軍国主義の復活だといって大騒ぎし、魚の輸入を止め、防衛スクランブルに対してはレーダー照射を浴びせ、コンサートを中止し、無礼な言葉を浴びせてくる中国の行動を見ればよくわかる。
平気で嘘をつく。
国連にまで高市発言を取り消せ、と訴える。
やってることはメチャクチヤだし、日本は中国の属国ではない。
「日本は危険だから観光は控えろ! 留学生は帰ってこい。」と扇動する中国は、日本にとってアリガタイ御触れ。
中国人観光客の無作法で不潔で騒々しい態度に迷惑しているのはこちらの方だ。
自ら帰ってくれればこんな有難いことはない。
スパイ行為を義務ずけられている中国人はなにより危険なお客さんである。
昔、中国での「辛く嫌な」思い出が蘇った。
今から30年ほど前、中国・広東省東莞市に工場があり、デザイン指導で3~4か月に1度、2週間ほど滞在し仕事をしていた。
中国の工員に「野球を教えよう!」とハンドキャリーでグローブやミット、軟式ボール・バットなどを何人かで出張の度、持込んだ。
しばらくは昼休みに「棒球」が盛り上がった。
しかし、その2年の間に、出張の度に野球道具が少しづつ減っていった。
「集団窃盗団 中国」を学んだ。
4千年の歴史の中で、高名な思想家・哲学者・識者などを輩出してきた国の今が悲しい。
「美しい姿」とは何?
「美学」とは何?
野球で集ったロビンズ内には、「怪しいパンダ」は要らない!
2025年12月22日 18時59分56秒 (Mon)
◆越権だった
日曜日は雨天で、何年かぶりの完全オフとなり娘の家族が集まりちょっと早い「クリスマスパーティー」となった。孫娘の二人は、サンタさんからのプレゼント待ちの「良い子」となり、お手伝い好きのアシスタントとしてバアバを手伝っていた。
厨房へ入らないことを「美意識」としている筆者は孫娘と遊びながら今か今かと待っていた。
いい匂いがしてきた。
グラタン、ピザ、唐揚げ、ポテト、スープなどなど、温かいものが並び出した。
段取りを知らない筆者は娘婿の手前、「ビールから出してとバアバに伝えて…」と孫娘にチクり(嫌味)を事付けた。
一喝!
「ジイジも動いて下さい!」と現場監督の家内(バアバ)からと「順番があります!」と監督補助の実娘から、「越権行為」をたしなめられた。
あえなく沈没~「すみません」と反省!
孫を使い、チクらせたことを謙虚に猛省!
神聖なる「厨房スタッフ」に感謝こそすれ、不満を漏らしたことに人ととしての足らなさを自覚し胸に手を当てた聖夜近しの宴でした。
どんな想いがあるにしても、聖域はおかしてはならないのです。
「越権行為」を反省し、ひとつの熟語を学びました。
「越畔之思(えっぱんのおもい)」です。
簡単に言えば、分(ぶ)をわきまえて、他人の領分を侵害しないようにすること。
「畔」は「あぜ」と訓読でき、田畑の境界線のことを指します。
つまり、「越畔」は他人の田畑に踏む込むことを指しています。
「越畔之思」は、他人の領域に介入することは、他人の田畑に足を踏み入れるようなものであり、絶対にすべきでないということを表す四字熟語だそうです。
2025年12月21日 23時15分32秒 (Sun)
◆言葉は信頼関係の中ではじめて力を持つ。
言葉は、信頼関係の中ではじめて力を持つ。いくら立派なことを言っても、いくら理路整然としていても、いくら優しい言葉を選んでも、信頼関係がなければ、言葉は心に染みてこない。
そんな経験を、私たちは毎日のようにしている。
知人であればあるほど、相手の品性を知っていればいるほど、言葉は、そういう見方をフィルタとして伝わってくる。
同じ言葉なら、実際には面識のない人や、小説や本の言葉として、聞いたり、読んだりした方が、真剣に受けとめられる場合も多々ある。
それを人間の正直さと言おうか、それとも、弱さと言おうか…愚かというか…
たしかに、自分のためと思えば、そんな信頼関係もなく、批判されたり、非難されたりした言葉も心に取り入れることは出来るが、何度も何度もそれが出来るほど、私たちみんなが強いわけでもない。
もし、誰かに言葉で影響を与えたいなら、立派な「いい言葉」を探すより、誰かを盾に「見下した言葉」を相違の言葉と変えてみたり、大勢を味方につけるために「見せかけの正論」を矛に構えるより、まずは信頼関係をつくった方がい…と私は思う。
……時間のかかることばかりですね。
それでもって、私のしているロビンズのマネージメントとは……これは、どうなんだろう…信頼関係なんてあるのか、振り返り自分の最中を眺める自分がいる。
2025年12月19日 7時57分52秒 (Fri)
◆人を育てる最大のもの
人間を育てる最大のものは、もしかすると月日なのではないだろうか。年月はごく自然に、特別に一円も余分な授業料を払わなくても、人生の細部を明るみに出してくれる。
それがたいていの人を賢くさえする。
年を取ってもまだ利己的で、自分に関係のある小さなことにしか興味のない人がいたら、それは確かに年月がその人を育てなかったのだが、まあどんな場合にも例外はあるのだ。
その哀れな例が、筆者の歴史を指していると、つくづく思える・・・。
あと1週間もすれば、新年を迎える。
1年生は2年生に、2年生は3年生になっていく…
去年の今頃は、無理だと思っていたことが、もしかしたら、今年だったら出来るかもしれない、
なんて具合に、思いや状況が変わっていることもある。
ただ待っているだけでなく、出来る限りのことをしていれば、時間が過ぎていくうちに、「運」と思えるようなことが巡ってくることもあるのだ。
あとは、人間の決断だ。
その波に乗るか、二の足を踏むか。
夢を追う時には、無我夢中で頑張るしかない!
選手・育成会・スタッフ三位一体の連携を育むには長い歳月は待てない!
春はそこまで来ている。
まずは、人として成っていけるか・・・は、自身の謙虚さにを磨こう!
2025年12月10日 16時20分17秒 (Wed)
◆コミュニケーション
親として子どものことを愛していない親はないでしょう。しかし、子どもを愛しているということだけで、ただちに子どもとの関係がよくなるわけではありません。
愛があるからいいコミュニケーションが成立するのではなく、むしろ良いコミュニケーションがあるところに愛の感情は生まれると思います。
愛の感情はうまくいっていると考えるのは、対人関係ではなく結果であると考えます。
そして、このコミュニケーションは技術です。
「愛は学ぶことはできませんが、技術であれば学ぶことができるのです。」と心理学者のアドラーは語っている。
コミュニケーションを能力でなく、「技術」だと思えば、気楽です。
車の運転も、能力でなく、「技術」ですから、必要であれば、身につけるし、不便でなければ、それなりに生きていく、ということになるのです。
ロビンズ選手は親子の関係にはない「同期の桜」、「闘う覚悟の友情」というコミュ二ケーションを今回の新宮合宿で築けたか・・・・?
ここは「技術」ではなく「裸の心」で熱くなってほしいとこ。
冬を越え、春には始まり、夏には終わるロビンズの野球・・・。
試合の最後・活動の最後で込み上げる何かが全員共通であってほしい。
「覚悟の野球」を体現してほしい。
- 大津ロビンズTOP
- チーム紹介
- 入部案内
- 2026新入団生募集
- ★2026年度 新入団選手
- 年間予定
- スタッフ紹介
- 年度別戦績
- 3人制塁審の手引き(塁間)
- 卒団生進学先紹介
- フリーページ(協賛)
- ★チーム連絡欄
- ★月間予定(育成会用)
- ★スタッフ配置
- ★スタッフM.P.
- ★最近の試合結果
- ★貼付資料
- ★26年度全選手P
- ★17.18.19期生増量計画
- ★MAP
- ★欠席確認
- ★セオリー集(攻撃編)
- Robins PHOTO
- ★ブログ(球魂)
最近の記事一覧
アーカイブ
2013年
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数

